現実逃避 - hatena

「かぐや様は告らせたい」の感想を書いている漫画感想ブログ

『五等分の花嫁』 第104話 最後の祭りが二乃の場合② 感想 : そして父になる

なかなか姿を現さないマルオ

 

父でありながら「父らしく」振る舞おうとしないマルオの本心は何なのか。零奈を愛し,その遺されし子どもたちを引き取りながらも決して「家族」にはなろうとしない。子どもたちは...二乃はマルオに父を求めているのに応えない理由。そんな核心に迫るお話であります。

 

 

前回の終わりに颯爽とバイクで二乃を迎えに来た上杉風太郎に対し,受け止められなかった「家族に対する気持ち」を悲しむ二乃が切ないですね。

二乃にとって家族とは五人が共にいることだけにあらず。かつて亡き母がいてこその家族だったように,今彼女が求めるのは父であるマルオも含めた家族である。ではマルオにとって五つ子たちは何なのか

 

今回は,そんなお互いの気持ちが交錯する物語。

 

 

 

 

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中野二乃は確かめたい

 

そんな想いが繰り返し描かれた二乃だからこそ,招待状を読んだのに来てくれなかったことに対して悲しむのは自然の流れかな。幼く見える反発も子どもが親に甘えたい,愛されたいとう彼女の気持ちの裏返しですよ。

 

そんな二乃に対する上杉風太郎の献策がこちらになります。

 

 

ふむ。

例の放送部のインタビューですね。あからさまにマルオだったのでそうなんだろうと思いましたが,よくこんなん話つけておいたな...。コミュ障のガリ勉だった風太郎とは思えない手回しの良さよ。それも二乃の家族に対する想いを汲み取っているからなんでしょうけれどね。

 

陸上部の先輩の狂態が封じられる中,すまし顔のマルオが映し出される。来てくれていた。仕事が入って帰ってしまったけれど,マルオもまた娘たちのことを無視しているわけではない。歩みようとしてくれた。そんな証明がなされた瞬間である。

 

絶望顔だった二乃の表情が和らいだのが分かりますね。

自分たちの気持ちは通じていた。マルオもまた自分たちを家族として見ていてくれていた。そんなことが初めて確認できたのですから。

 

 

とならば二乃としても動かざるを得ない。拗ねてる場合じゃねー!そうと決まれば即断即決,ハヤテのごとく動くのが二乃さんである。攻めてせめて攻め達磨と化すのは当然至極のこと。 私をパパのところに連れてって!

 

懐かしのホイチョイムービーのタイトルみたいなセリフとともに二乃はいく。父・マルオの本心を,自分たちの気持ちを伝えるために。

 

 

マルオと零奈

そのマルオといえば,休日返上で診察をしていた。ふむ。

 

家に帰る間もないくらい忙しいというのは,単純に五姉妹との接触時間を減らす口実じゃなくて,本当に忙しかったのね...。患者のためなら休日返上で仕事をする。ただの感情欠如男ではなく,医師の倫理感・使命感をもった人間であることが分かります。(もちろん,娘たちに接する機会を減らしたい意識はあっただろうけれど)

 

 

そこで作られるパンケーキ。

かつて零奈が娘たちに作ったふわっふわの極上のパンケーキ。二乃がパンケーキを作る姿を見つめながら,マルオは在りし日の零奈との会話を思い出す。娘にパンケーキを作ったこと。喜んでくれたこと。最後に作ってあげたいと思っていたこと。娘たちの行く末を心配していること。

 なるほど...。いろいろ繋がりましたね。

 

修学旅行前に零奈が退院した理由。その直後に他界したしたこと。零奈は娘たちに最後の思い出を作るために,残り少ない寿命をともに過ごすことを選んだわけですね。多分この時に,パンケーキを娘たちに作ってあげたのだろうな。

 

 

そしてその味はマルオにも...

 

零奈と会話する若き日のマルオは今よりも若干幼くもみえる。これは恋する人,あこがれの人の前だから見せる表情だろうか。生徒会長はともかく,零奈ファンクラブの会長を努めていたといういう意外な側面からは,年上の尊敬する女性に対するあこがれと,大人になった自分が恋の対象として見てほしい...そんな気持ちの表れなんでしょうかね。

 

 

そんなマルオの好意,善意に対して零奈が感謝の気持ちを述べる中で触れられるパンケーキの話。ふむ。退院後に,マルオにもパンケーキは振る舞われていたわけだ。この時の約束を守って。

 

「君も気に入ってくれると思いますよ」と言う表情からは,教師と生徒ではなく,一人の男性としてマルオを見たような感情を垣間見ます。マルオを教え子としてではなく,一人の男性として扱い,彼に娘たちの未来を託すことにしたのか...。なるほどねぇ。

 

 

二乃とパパと家族と

三玖がこね,二乃が焼いたパンケーキ。それを食らうは父・マルオ哉。

 

差し出されたパンケーキは娘たちの成長の証。何もできなかった小さな子たち達が,大きく成長した証でもある。自分たちのやりたいことも見つけた。一人ひとりがその目標に向かって歩み始めている。そんな成長を家族として,父として見守ってほしい。そんな想いが込められている。

 


そのパンケーキに零奈の影を思い出しながら,マルオは自らの気持ちを再確認する 。

 

なるほど。マルオは...零奈の分身,遺された子どもたちとの関わりが,彼の中の失われたものを再認識させてしまうことを畏れていたのか。

どんどん似てくる娘たちの姿もさることながら,死んだ零奈に「託されたという事実」そのものを思い出させること...。遺された彼女らを見る度に,零奈はもういないという事実が突きつけられること。それを無意識のうちに避けていた。彼の不思議な態度はそういう訳だったのね...。

 

 

それはマルオがそれだけ零奈を愛していたということでもある。

ただの恩師としてではなく,愛する人として。そして同じようにその人の愛する子どもたちを愛す。大切な人の大切な子どもたちだから,子どもたちのことを常に心配している。不器用であっても彼女らが二度と苦しんだり悲しんだりしないように。丁寧に丁寧に扱ってきたわけだ...。

 

それは二乃にパンケーキ作りの道具を与え,母・零奈の味を忘れないように促した行為からも分かります。妻を,娘たちを愛していなければその配慮はしない。なんだよおい...マルオのやつ家族思いの純愛野郎じゃないの。

 

そんな娘たちに対する愛情は,上杉風太郎に対する態度でも分かります。事あるごとに牽制してきたのは,決して娘たちの害とならぬように,娘たちを不幸にする存在とならないように父として振る舞っていたわけですね。思いっきり親バカやんけ...。

 

 

二乃が焼いてくれたパンケーキを味わいながら,その味がかつての零奈のそれと同じであることを確かめる。亡き母との思い出に向かい合い成長してきた子どもたちと。亡き妻の死と言う事実を避けるように思い出と娘たちを避けてきた自分。

 

悲しみから目をそらさず向かい合って成長してきた娘を認めたからこそ,マルオは二乃に告げる。

 

今度は家族全員で食べよう 

 

自分も向き合わなければ。遺された子どもたちの成長を見守りながら,父として,家族の一人として娘たちと向き合おう。そんな決意がその言葉に込められています。

そしてそんなマルオを動かしたのは,いつも家族が一つであることを願ってきた二乃である。

 

 

 

 

二乃がずっと欲しかったもの。父の愛情。家族のつながり。そんな瞬間が描かれた第104話でした。まる

 

そして,風太郎と

 

さてその言葉の後から,突然父親モードに切り替わるマルオが面白いですね。今回のマルオの変化は二乃が促したものです。だが娘たちが何か成長する時,その影には常に風太郎がある。それに気づかない中野マルオではない。 

 

そんな父親目線の感情が込められたセリフを風太郎が感づかないはずもなく。反射的に「違います」と難を逃れようとするものの,そこは恋する娘であり感謝の対象である風太郎を固定するのに二乃さんはやぶさかではなかったのであった...。ここで一気に父親としての琴線に触れるの,めちゃくちゃ面白いんですけれど...。マルオ,お前ってやつは...

 

それがわかっているからこそ「君子危うきに近寄らず」とばかりに逃げようとしたのに。しかしマルオが感情的な父親ではない,むしろ公正な人間であると感じられるのは,こうして娘たちと家族になれた自分の背後に上杉風太郎がいて,そのおかげで今の二乃たちと自分がいることを理解しているからです。そこは素直に認めている。

 


父として家庭教師の範疇を超える事はあってほしくはないけれど,自分ができなかったことを成し遂げたことは認める。その上で感謝の意を風太郎に伝えられる。娘たちと真剣に向かい合ってほしいと願える度量がある。そんなマルオの人として,父としての器を感じましたね...。

 

それは二乃もまた同じである。

風太郎には感謝しても感謝しきれないほどのことをしてもらっている。それこそ家庭教師としての範疇を遥かに超え,友達の枠を超えて恋する人となっている。そんな想いが突拍子もない二乃の行動を生むことになる。

 

ズキュゥゥゥン!!!

 

やりおったわ!

やっぱりやると思っていたけれど。一度は交わした事故チュー,それを今度は自ら動いてのキスである。

 

やっぱは攻めてこそよね

 

と嘯く頬を朱に染めながら,直情径行,ボールを持ったら一直線な日向小次郎ばりの恋を貫く二乃△□✗といったところか...。って,なんか二乃らしいっちゃらしいんですけれど,やっていることは一花姉さんと同じですね。自分の気持ちをきちんと伝えることに素直なところが。

 


 

そんな二乃が想うことは感謝と変わらぬ気持ち。

一花と同じように,たとえ姉妹の関係がどのように変わろうとも,自分の気持ちは変わらない。そんな二乃の決意がとってもお可愛かったです。再度まる。

 

若干の考察

この一連のシリーズ,風太郎が「結論を出す」ことからスタートしています。思いを伝えた者,まだ秘めている者,わからない者,それぞれ違いますけれど一度風太郎が結論を出せばその結論に従うしか無い。恋愛だからそういうものです。

 


 

そんな風太郎の判断を待つというシチュエーションの中で,一花と二乃は自らの思いを改めて伝えることを躊躇しませんでした。ある意味積極的に恋に向かい合ってきた二人ならでは無いでしょうか。

 

 

となると気になるのは残りの三人がどういう想いで風太郎と向き合ったのか。それが気になりますね。

 

三玖は当初から風太郎に対する想いを抱いてきた女の子です。その想いもついに伝えることもできた。あとは結論を待つばかりです。その結論を受けるに当たり,三玖がどう行動するか...。あの消極的だった三玖がここまで変われただけに,三玖もまた一花・二乃のように改めてその想いを伝えようとするのは間違いないと思われます。

 

問題は残りの二人ですね。

 

四葉については「京都で出会った女の子」であり,風太郎にとっても大恩ある存在です。その事実を秘めながらも,再会した後も風太郎との関わりあいの中で「今の風太郎」を変える一つの要素となったのは間違いない。そんな四葉が「最後に思い出を」とこぼしていたことは意味深でありますね。

竹林さんとの一件もありましたし,演劇部のこともある。いろいろ溜まった想いが最後に溢れ出るのかどうか。四葉の恋の行方もガン注目です。

 

そして問題の五月である。

彼女はまだ風太郎に対する恋心を持つように見えない。自分たちの関係を「友達」と言語化し,その後は「あなたと出会わなければと後悔することなんて無い」とまで言い切っています。恋愛的目線はともかく,風太郎に感謝し共に在り続けることを肯定的に捉えている

 

だが彼女は四葉をはじめ他の娘たちの恋心に配慮しつつ,自らは恋愛的感情がないことを否定しない。内にくすぶるものはあるのかもしれませんが...

そんな五月が風太郎に恋する瞬間があるとすれば,それはこの文化祭で決着をつけるしか無いのではなかろうか。風太郎の「選択」―――一度は誰も選ばないとした選択が覆るのだとすれば,それは「今」起きるしか無い。

 

そうなる時になるのはやはり上杉父が言っていた「来てるぜ」「五月ちゃんなにか無かったか」と言うセリフにみられるもう一人の人物の存在ですよ。それは実父なのか。あるいは近日訪問するという特別講師なのか。それが何であるかはまだわかりませんが,その人物に五月が関わり,そこで起きる出来事について風太郎も一枚噛む...んでしょうねえ。

 

その出来事がどう五月に影響するかわからないですけれど,そこで五月がなにか救われるようなことがあれば,もしかすると風太郎にしちゃう...なーんてこともあるかもな(空条承太郎)と予想しておきたい。

 

先に予想したように,このエピソード,結果的に全員とキスすることになるのでしょうか。それが風太郎にどう影響するのかも含めて気になるところである。というわけで,,三度まる

  

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画像は『五等分の花嫁』第103話 ,第57話 より引用しました。画像引用は中止しました。