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『五等分の花嫁』 第109話 最後の祭りが五月の場合① 感想 : 五月の選択と三人の父

五つ子たちの総決算,文化祭シリーズも最後の一人である五月編に突入です。

 

 

 

長らく続いてきた「最後の祭りが〜の場合」シリーズもいよいよ五月までやってきました。結局ナンバー通りでしたね。順番を入れ替えることによって意味を持たせることを排除した結果なのかもしれませんが。

 



その五月の扉絵は教室の中,着座するシーン。風太郎が指定した最終日らしきものがここまで描かれてきましたが,一花が教室のベランダ,二乃が教室の黒板,三玖は教室に向かう途中の廊下,そして四葉がキャンプファイヤー会場でした。三玖と四葉は向かっている途中なのかな。ちょっと四葉だけ違和感あるけれど。

 


さて,ここまで学園祭の各シリーズではナンバーヒロインが自身の持つ課題を風太郎と関わりながら一つの解決を見出し,結果として風太郎への自身の想いとリンクさせて「キス」をするという流れでした。(一花はちょっと違うのが気になる。)

 

一花は「風太郎の選択」に対する導入
二乃は父・マルオに「家族」になってほしいこと
三玖は自らが関わったクラスの分断を一つにまとめ直すこと
四葉は京都の女の子としての自分との決別


では五月は?ということになる。

 

ここまで五月が抱えていそうな案件は幾つかありました。「亡き母への想い」「父に対する想い」そして自身の「夢」への思いです。母が他界し,自ら母にならんとその言動までを完全模倣してきた五月。その歪さは所々他の姉妹からも指摘されてきたところです。

 

そして父に対する想い。物語当初に示された「父への不振」は実父に対するもののように見えつつ,その後影も形も見えない実父ではなく養父であるマルオを指しているのかと思わせるような誘導もありました。今回の実父の登場は,五月の抱える問題を再整理し,それを風太郎とどのように解決していくのかという話になりそうですね。

 

 

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五月は本当に自分らしくあると言えるのか

 

というわけで五月編。

 

五月の課題は一言で言えば「今の五月は本当に五月らしくあるのか」ということに他ならない。

 

学祭中も勉強しまくる五月に対して容赦ないツッコミを入れていく風太郎。そのセリフ自体がツッコミどころ満載なのが面白いですけれどね。五月にも切り返されていましたが...。そのくらい五月は追い込まれている。

 

 

「自分は教師になる」という夢。自分も誰かの支えになりたいというそれは,解釈を変えた「自分の役割探し」に他ならない。四葉が必要とされる自分を探し続けたように,五月自身も自分の役割探しをしているだけのように見える。


下田さんにも指摘され,テストを乗り越えて選択した「教師になる」という想い。一度は自分自身で選んだ道であります。でもそれは本当にやりたいことなのか。単に母親の真似事の延長線にあるだけではないのか。


実際問題として母・零奈に対する執着は同じ母を持つ姉妹の目から見てもに見える。そんなことは赤の他人である下田さんにまで感じ取られていて,自分が目指しているものが本当に自分の願いなのかどうか,という点に切り込まれていました。

 

思うに父に対する不信も,母・零奈がこれまでの人生を「間違い」と捉えてきたことが大きそうな気がします。もちろん,五人もの娘を一人零奈に託し,何処かへ消えてしまった実父に対して子どもとして負の感情を抱く部分はあるでしょうが。

 

 

一方で五姉妹たちは実父を過去のものとして捉え,父とは今の養父である「マルオ」とみなし,マルオと自分たちが一つの家族となることを願っていることも事実です。その意味ではあまり実父というものに対する拘りは普段の生活の中では見られない。

 

実父なるものが存在しないように描かれ,あるいは死別しているのではないかと思えるくらい存在が希薄だったのは,それだけ五姉妹の意識の中に無かったことを意味する。ただ五月だけが物語冒頭に不信感を示していましたが,多分にそれは母・零奈が「人生間違いばかり」と捉えてきたことと無関係とは思えない。

 

こんな風に振り返ってみると,中野五月の今を形作っているものはどことなく「母の姿」の借り物にすぎないように見える。彼女が自らの意思で選択したと主張する「教師になる」という夢は本当になりたい自分なのか。彼女がいつも振る舞っている落ち着いた母のような物言いは本当に五月自身と言えるのか。

 

そんなことに切り込むための触媒として,今回の「実父」は登場した感がある。

 

 

中野五月の3人の父

 

実際のところ,五月にとって父親像というのは3つ存在する。

 

  1. 今は亡き母のパートナーであり,五つ子の実父である人物。
  2. 零奈への想いを含めて五つ子を引き取った養父・マルオ。
  3. 「父親代わり」となると言った上杉風太郎。


今回の学園祭シリーズが始まる直前に五月に生じた問題は「学力不足」である。教師になるという夢に対して追いついていかない学力。

 

そのことを直接的に相談すべき家庭教師・上杉風太郎はクラス委員として学園祭に多忙なだけではなく他の姉妹の案件も抱えており,相談する余裕がない。養父マルオについては信頼関係が成立しつつあるものの,同じく病院理事として医師として多忙であることが目に見えており,これ以上心配をかけさせたくない。

 

そう考えると,割と唐突感のあった実父の登場は,実のところそれなりの意味はあったわけだ。相談相手として必要なという存在。悩み,迷い,誤った道に進まないように確認と助言をしてあげる存在としての「実父」がいたということからして。

 

 

その実父の正体は,以前から囁かれてきた謎のハゲおやじであった。初日,風太郎が道案内をしていた人物と同一であり,例の下田さんが教える予備校の特別授業の講師という点までほぼ界隈で語られてきた推察通りです。その名は「無堂」

 



無堂と母・零奈,そして周辺人物たちとの関係が一気に明らかにされていく。零奈は無堂の「教え子」であり,教師となってからは「同僚」であり,結婚・離婚を経た「元夫=5つ子たちの父」。なるほどねぇ。

 

 

つまり,マルオ・下田・上杉父からみれば無堂もまた元出身校の教師であり,憧れの担任だった零奈先生と結ばれたにも関わらず「何らかの理由」で別れた人物。やたら上杉父は警戒しているし,下田さんも特別授業について五月に知らせないといった徹底ぶりをしていたことからも,ぶっちゃけ信用されていないことが伺える。

 

それは多分に零奈自身が自らの人生を「間違いだらけだった」と否定しているからなんだろうか。無堂に憧れて教師の道についた。果てには結婚して5つ子まで作っている。にも関わらずそのことを「後悔」していることからは,零奈の教師というものに対する不的確さと無堂との家庭づくりの失敗が見て取れる。

 

だがどうなんだろう。
もし無堂が父としての思いやりから五月を心配し,助言しているのだとしたらどうして上杉父たちはそれを警戒しているのだろう。今回の「助言」だけみれば,現在の5つ子達の生活に直接的に介入したり,マルオから親権を奪おうとかいう意図ではないように見える。

 

 

いまは親としての資格はないけれど,実の娘に対する純粋な心配...。

零奈と同じように単に「あこがれの対象に近づくため」だけに教師を目指しているのであれば,やがて挫折と破綻が訪れる。そんな懸念をぶつけているように思える。言葉だけは。一見,養父マルオができなかったことを,実父として対処しているようにも見える。

 

無堂の謎

 

とはいえ他ならぬ五月自身が実父に不信感を抱いている節があり,母・零奈が「間違いだらけだった」とする人生の相手であり,下田・マルオ・上杉父が警戒するほどの相手である。結局のところ,無堂と零奈の間に何があったのだろうか。

 

今回のエピソードだけ見れば,無堂に特段大きな過失があったようには見えないのである。零奈は勝手に無堂に憧れ,不適切な職業選択をし,不適切な結婚をした。無堂の言葉が事実ならそうである。完全に零奈の自業自得である。

 

そもそもなぜ二人は別れたのか。不的確な職業を選択し,後悔のある人生のパートナーを選んだことに対する零奈の想いを汲んだからなのか。ここまで描かれていない理由...浮気とかその他の問題があったのか。そこは後半の事実解禁を待たなければなりませんね。


零奈が無堂と別れた後に零奈が5つ子を引き取り,一人で教師として頑張っていたのは事実です。向いていない思っていた職業に一生懸命仕え,5つ子たちの安否を心配してきた。その結果,清貧生活と苦労を背負ってきた。

 

それは母子家庭になってしまった故の困窮ですけれど,一般的に離婚した場合多くの場合は母親に親権が行きますので,五つ子を引き取った事自体はあまり不思議ではない。

 

しかし離婚しようと子どもの成長に関わる「養育費」は無堂からも出るはずですし,あそこまで清貧になるというのも少し不思議ではある。子どもの成長に関わる費用は負担されてしかるべきですからね。今回の無堂の五月に対する心配のかけ方を考えると,養育費を払わないとかそういう対応をするタイプでもなさそうである。

 

となると他に考えられるのは,零奈自身が一切の関わりを拒否したということなんでしょうね。「二度と関わりたくない」と思えば金銭の授受ですら拒否したくなるのかもしれない。

そもそも別れの理由がなんだかわからないのでなんとも言えないのですが,「無堂という存在そのもの」が自分の誤った選択の象徴であり,それを思い起こさせるからこその拒絶だった...のかもしれませんね。

 

あと,もう一つ考えられることとして零奈の育児のこだわりが考えられる。彼女は「五人がいつも共にあること」をとても大切にしていた。

 

  

 

もし無堂が離婚に応じ,零奈の第二の人生のスタートに協力したとしても,実際問題五人の子どもを抱えて女手一つで育てるのは無理がある。そう考えて,無堂は五つ子たちを二人で分担して育てようと提案した可能性はある。その提案は「五人がいつも共にあること」を願っていた零奈は飲めないだろうし,そのことが最終的な決別につながった可能性はあるね。

 

 

(追記 11/6 0:30)
姿も思考回路も母・零奈そっくり。食い意地の張っているところは父・無堂そっくり。

 

もしかすると無堂は元妻と自身に一番似ている五月に執着したのかもしれないなあ。五人でいることに拘る母・零奈はそこが許せなかったのかもしれない。あるいは,五人でいることとは五月を守るための方便だったのかもしれないな。

 

加えて言うならば,五月の母・零奈に対する執着は,人生何もかも間違いだったとする母の言葉を受け入れたくないからだろうか。無堂との結婚の結果として生まれた五つ子たち。母の言葉は自身を含めた子どもたちの否定にも聞こえる。

母に対する愛情に飢えて途方もない承認欲求があった五月が,その零奈に拒絶されていると捉えたこともまた,父・無堂も母の死すらも否定する今の五月を形作っているのかもしれない

 

いずれにせよ,無堂が周辺人物に「警戒されるような何か」をしてきたらしいという事実と,今回の五月に対する暴露が彼女の選択にどう関わってくるのか。その選択の過程において風太郎やマルオがどう関わってくるのか。後半で一気に解決できるのかどうか分かりませんが,今後の展開に注視したい。

 

 

参考調査

 

五月の選択はどうなるのか

 

この後は多分場面転換になるなり,風太郎かマルオが関与してくる可能性があると思いますがどうなりますでしょうか。

 

マルオは2日目に来ていますが患者のために帰ってしまっているし,その前後に五月に思いを至らせるような節が見えないので2日目には無堂と接触したかどうかは不明である。関わるとしたら,3日目以降でしょうか。

 

いずれにせよ冒頭触れたように今回の五月の物語は,彼女が「母・零奈への愛執」からの脱却し「五月らしさ」を得るところが主題だと思われます。たぶん五月は無堂の助言(?)に葛藤しつつも,風太郎と関わりつつ自らの歩みを決する道を選んでいくのでしょうね。

 

 

 

その五月の「選択」ですけれど,おそらく五月は「教師の道」を諦めないと僕は思ってます。そもそも五月が教師の道を選んだきっかけを考えれば,「母への愛執」だけが選択の理由ではないことは想像できる。

 

彼女が教師の道を選んだのは「テスト対策で姉妹がお互いに教え合う」といった過程においてです。その提案をしたのは家庭教師の「上杉風太郎」です。単に母に憧れてではなく,風太郎とのこれまで過ごした時間の中で「自分にも教えることができる」といった可能性を見出したのがきっかけです。

 

そしてそれは「家庭教師・上杉風太郎の姿」を追って選んだ道ではない。自分自身が見出した可能性である。仮に五月本人画素のことに気づけなくても,「父」・風太郎として助言するなどを得ることで最終的に五月はそこに気がづくんじゃないかと思ったり。

 

と同時に,母の影を追う必要もないという事実にも気づくはずである。それは「実父」・無堂の言葉だけではなく,他の姉妹たちや,下田さんやマルオ,そして風太郎との関わり合いの中で気づけるはずである。結果として五月は「五月らしさ」を取り戻す選択をするんじゃなかろうか。そんなことを思って,今回はまる。

 

余談

 

少し疑問がある。

無堂が五月の父であるならば,当然「五つ子」全てにとっての父である。にもかかわらず無堂は五月だけに接触してきた。なぜか。

 

多分,五月以外の娘たちには関与する必要がないと判断しているからなのかもしれないね。例えばこの二乃のセリフからしても,二乃にとって「父」は実父ではなくマルオである。「親の役目」という言葉の指す相手としてマルオしか想定していない。

 

 

 

そこに実父・無堂が入り込む余地はない。それは本来五月もそうなのですが,マルオは自身の零奈に対する思いから五つ子に距離を取り「親の役目」を果たさせなかった。また「父親代わり」になるはずの風太郎も多忙を極めて対処できなかった。

 

ですから実父・無堂が零奈の影を置い続ける五月の「気づき」の触媒として関与してくることは物語としては分からなくもない。ただまあ,無堂の目つきの怪しさもあり,純粋に娘に対する心配からなのかという疑問は残りますが。

なにか五月に執着する理由が無堂にはあるんですかね。上杉父も五月だけに警告を発していたことからも,何か背景となる事情があるのかもしれません。

 



初日に四葉が風太郎にあげた「唐揚げ券」の行方が気になっていましたが,結局これは五月が食べたってことなのかな。初日の最後に教室に集まった際,唐揚げを頬張っていたのは五月だった。

 

唐揚げ券があるのにわざわざ購入してこないだろうから,風太郎が引き換えて持ってきたということのように思えます。まあ風太郎が引き換えた描写がないからなんとも言えないですけれど。

 


次。
一日目の夜に風太郎の頬に傷があるのはこれまでも言及されていましたが,今回上杉家でも直接指摘されました。そしてこれは家事の消化とは関係ない...。なんでしょうね。考えられるのは3つ。

 

 

  1. たこ焼き屋の出店禁止決定を男子に通告した際に前田に殴られた
  2. 「俺は誰も選ばない」と言った後に一花に殴られた
  3. 一日目に五月とハプニングキスをしてしまい殴られた

 

 

さてどれでしょう。あるいは全く別の原因かもしれませんが。

 

1.については直接的に風太郎が悪いわけではないので,そのようなことが起こる事自体ありえないかなと。もしそうだったら完全にとばっちりな上,物語の文脈ともあまり関係ないですしね。まあこれは多分違う。

 

 

2.がもっとも可能性が高そうではあります。一花の場合の②で演技で殴るシーン,「やり慣れてないか」と突っ込まれていますからね。

 

風太郎が「誰も選ばない」と行ったことに対し,反射的に「サイテー!」とぶん殴ってしまった可能性は高い。その後二日目の病院での再会時のぎこちなさや,双方が恐る恐る話しかけるあたりからも「気まずい出来事」があったことは想像に難くないですからね。

 


3.はここまでやってきた五つ子たちとのキスシーンを解決するための苦肉の案です。ぶっちゃけ五月は風太郎に恋心をいだいているようにも見えませんし,キスさせるとするならばハプニングによるキスぐらいしか思いつかない。現状では。

 

ただまあ,これまでキスは「問題が解決した後」に行われています。初日にハプニングキスがあったとしても,教室集合後に五月と風太郎が二人きりでなにかしなければならない必然性が殆ど無い。というのも一花を見送った後に戻ったら火事ですからね。

 

そう考えるとやはり「一花に殴られた」が一番ありそうです。

 


最後
もし五月がキスするようなことがあるとすれば,それは風太郎のおかげで彼女の課題が解決したときである。母・零奈の呪縛から逃れ,父は無堂ではなく「マルオ」と認識し,風太郎は父親代理ではなく「恋愛対象」と捉えた時,彼女の恋心が生まれる可能性はありそうです。

 

そして本来の五月...かつての零奈のような語り口と接し方で風太郎にキスをするならば...風太郎の中に何らかの「痕」を残せるかもしれませんね。プールの日焼けの痕ならぬ,心に残る痕として。

 

そんな予感がしてみたり。ということで再度まる。

  

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