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「かぐや様は告らせたい」の感想を書いている漫画感想ブログ

『五等分の花嫁』 第88話 私とある男子① 感想

さてと。五等分の花嫁 88話 の感想(ごと嫁 感想)です。

 

六年前の修学旅行 二人を変えた運命の日

 

あの日何が起こったのか。 そんなことが明らかになる京都修学旅行編@6年前なお話。

 

これまで繰り返し風太郎視点で断片的に描かれてきた6年前の京都の案件。ついにその一部始終がもう一人の当事者である「京都で出会った女の子」=四葉視点で振り返られるとともに,なぜ現在の四葉「ああ」なのか,はっきりとした回でありました。

 

「必要とされていない自分」に打ちのめされていた風太郎と。

「自己が存在する意義」に疑問を抱いていた一人ぼっちに四葉と。

 

そんな同じ立場の者同士が接触した時,最初に風太郎は四葉から距離を取ろうとしていたんだね。「ついてくるな」というその言葉には,「必要とされていない自分」に対する鬱屈した感情が見て取れます。

 

そんな風太郎に救いを求めるようについていく四葉。独りぼっちである自分を助けてくれる存在として,「独り立ちしているように見える」風太郎とともに行動することで頼っていたわけだね。いつしかそんな二人は時間を忘れて夜になるまで行動をともにすることになる。

  

 

ここまでの流れを見ると,風太郎視点では「旅先で突然であった女の子に振り回されている」だけです。

 

でもそんな四葉に対しての風太郎の思いやりが優しいですね。5人分のお守りを買って,帰るお金もなくなってしまった四葉に付き合う形で自分も最後のお金をお賽銭として投げ込み,一緒にいる選択をする。

 

そんな風太郎の破天荒な行動に驚きながらも,その優しさに自分の葛藤を告げるきもちになったのでしょうか。そこで「運命の会話」がなされることになる。ちょっとあらすじを追う形になりますが,大切だと思われる部分なので追っていきたいと思います。

   

 

 


?


 

 

中野四葉は見出したい

自分の家には「お金がない」こと。そのために母が一人一生懸命働いていること。そんな母を見て四葉は思う。私は辛くない。「でもそんなお母さんを見るのは辛い。」

 

それに対して似たような境遇の風太郎も同調しながら「仕方がない」と。子どもですから。与えられた境遇に対して一種の諦めがあったわけです。でも四葉はそこから一歩進むわけです。

  

 

「これからたくさん勉強して

 うーんと賢くなって

 とびっきりお給料のもらえる会社に入って

 お母さんを楽させてあげる!」 

 

そんな四葉の言葉に自分が思い至らなかった「気付き」を見出す風太郎。呼応するように自らの道を切り開く一言を放ちます。

  

 

「今の環境とか立場とか全部

 自分が変わって自分で変えりゃいい!

 そういうことだな!」

 

そうすることで,妹(らいは)に不自由のない生活をさせてあげることができる。誰にも必要とされていなかった自分が見つけ出した,風太郎の存在理由。そうすることで,

 

 

「必要ある人間になれるのかもな」

 

と思うことができるようになったわけです。

そんな風太郎の言葉を受け,四葉もまた気付かされることになる。そうやって,人のためになれること。そんな人間になることで,「誰かに必要とされる自分」になれる。風太郎と同じように「存在理由」を探し続けてきた四葉にとって,光明の指すような一言だったに違いない。

 

同じような境遇の,同じような目的を持った二人。一人ではなく二人で。ともに目指すべき目標を見出したことが,四葉は嬉しかったんでしょうね。だから,

 

 

「頑張ろう二人で!」

「私はお母さんのために 風太郎君は妹さんのために 一生懸命勉強しよう!」

 

と叫んだに違いない。

五人一緒であることから自分の存在意義を,自分のアイデンティティを求めていた四葉にとって,それは進むべき道。それを一人ではなくともに戦う仲間としての風太郎とともに進むことができる。誰かに必要とされる自分。母に,風太郎に必要とされる自分。

 

そんな希望を持った「運命の会話」こそ,6年前の京都の真相だったというわけだ。 

 

 

 


?


 

 

 

中野四葉は果たせない

だが運命の歯車は残酷な形で回ることになる。

 

誰にも必要とされていなかった風太郎と。

自分の存在価値を信じられなかった四葉と。

 

そんな二人がみつけた「必要とされる人間になる」という目標。

 

風太郎はその目標に邁進するために,一生懸命勉強し。学内1位はおろか,全国トップクラスの成績をとるに至る。目指すべき,「金持ちになってらいはに楽な暮らしをさせる」というステップを一つひとつ駆け上っていく。あの日,自分の運命を変えてくれた「京都で出会った女の子」とともに携えた「目標」をやり遂げるために。

 

 

なるほど。

風太郎が「京都で出会った女の子」に憧れと感謝の念をいだくのも当然か。自分には思いもよらなかった発想の転換,目指すべき目標を示してくれたのだから。そのおかげで今日の自分があるのだから。

 

でも四葉は違う。

 

自分が勉強をして,お金を稼げるようになって,苦労している母を楽にさせてあげる。そんな彼女の人生の目標は,母の死によってあっさりと「失われてしまった」。

母の死によって露頭に迷いそうだった5つ子たちは,マルオの救いの手によって経済的に救われた。自分の努力ではなく「与えられる形」で自身の経済的環境も改善してしまった。

  

 

そう。 あの日四葉風太郎とともに目指した「人生の目標」。それは無くなってしまった。自分がなすべきことを見出すことで「自分が生きていること」「存在していること」にアイデンティティを持とうとしていた四葉のゴールは失われてしまったのである。

 

だから中野四葉には「なりたいもの」も「ほしいもの」もない。

 

風太郎との約束に基づいて頑張った僅かな日々。

その時,確かに四葉は結果を出していた。スポーツでも秀でることができた。勉強でも一歩先んじることができた。でもその努力が報われる形での「目標の達成」はもうできない。母はもういないのだから。貧乏に苦しむ姉妹の姿ももう無いのだから。

 

ここまで来ると,「なぜ四葉が京都で出会った女の子であることを隠すのか」も分かります。

あの日,風太郎と決めた「人生の目標」は無くなってしまった。方や風太郎は自分との決意(約束)の下に一生懸命努力し結果を出している。方や自分は目標を失い,勉学も五姉妹の中で一番下に甘んじ,のうのうと養父の財力で生きている。 

 

だから四葉風太郎に合わす顔が無いと思っているんだよね。 もはや同じ目標を持つ者同士でもない。目標がなくなったことで努力することもできなくなってしまった,自分。「努力して母に必要とされることで存在価値を見出す」ことができなくなってしまった自分。

 

 

そんな虚ろで空っぽな自分は,風太郎を眩しく見るばかりでーーーあの日,約束したことを有言実行している風太郎の凄さを誇らしく思うだけでーー風太郎とともに並び立つ権利なんかないそう思っているんだね。

 

中野四葉は名乗らない

むう。

なかなかに,なかなかですよこれは。四葉の心理を思えば強烈なものがありますよ,本当。だってそうじゃないですか。ずっと四葉は自分の「存在価値」を探していて。それが風太郎と出会ったことで光明を見出して。にもかかわらず,その目標はあっさりと無くなってしまって。気がつけば,一人誓いを守れなかった「なにもない自分」がそこにある。

 

あの日,京都で迷子になって風太郎を連れ回して遊び回った時のように。風太郎との会話まで,自分の必要性を認められなかったあの日のように。一瞬見えた光明はあっさりとかき消されて,残ったのは「存在価値を見いだせない自分」。そりゃ凹むわ...。

 

だから四葉は「明確な目標」と「行動」が取れる他の姉妹から一歩引いているわけだ。四葉風太郎に抱く気持ちは風太郎に対する感謝と憧れなのかもしれない。それは四葉にとっては「恋心」と言ってもいいかもしれない。

 

でも四葉その成就を否定する。「自分は風太郎と並び立つ資格が無い」と思っているから。それならば「風太郎に必要とされる自分」であろうとする他の姉妹の恋を応援してあげればいい。資格のある姉妹たちが結ばれればいい。そんな風に思っていたんだね。

 

だから中野四葉は名乗らない。

 

 

「これでいいんだよ」というその言葉の裏には,何者にもなれなかった引け目しかない自分がそこにある。正確には名乗らないのではない。名乗れないのである。堂々と,あの誓った目標の実現を分かち合う立場に自分はない。そんな思いが頑なにさせているというわけか...。むむう。

 

中野零奈は願いたい

そんな四葉に対する母・零奈の言葉の意味は。

 

たった一人の,そこに在って良い自分を求めている四葉。五人一緒であること,同じ存在であり続けることに疑問を持ち,自分が自分らしくあるための,必要とされる自分であるための「目標」を見つけ出した四葉

 

そんな四葉に母は言います。

 

何を身に付けているかなんて大した差ではありません。

 

外見的区別には意味がありそうで意味がない。それは記号,象徴でしかない。それは多分四葉自身もわかっているし,だからこそ四葉は「誰よりも勉強して一番になったこと」を強調する。そんな「中身の違い」に対して再び母は言う。

 


 

四葉。貴方の努力は素晴らしく何も間違っていません。

ですが一番にならずともあなた達はひとりひとり特別です。

親としてあなたちに一緒にいてほしいと願います

たとえどんなことがあったとしても...

 

「愛さえあれば見分けられる」。かつて母が言ったその言葉を思い出しますね。姿かたちがそっくりであっても,一人ひとりは別個の存在。かけがえのない,特別な存在。

母は五つ子をひとまとめに愛しているのではなく,一人ひとりを,中野四葉という存在をきちんと認識して「承認している」四葉が求めていた「自分らしさ」「自分の存在理由」はとうの昔に認められていたわけですね。

 

さらに母・零奈は続けて言う。

  

 

大切なのはどこにいるかではなく

五人でいることです

 

この言葉をどうも四葉誤解して受け止めた節がある。まあ幼かった小学生だからこそ額面通り受け止めてしまったのかも知れないけれど。これは別に「五人が同じ存在であり続ける」という意味じゃない。

間近に迫った自らの死。その死を前に願うのは五人の娘の幸せである。一人ひとり,誰も同じではないかけがえのない娘たちが,誰ひとり欠けることなく幸せになってほしい。その日まで五人で支え合って生き抜いてほしい。そんな思いがあったんだろうなあ...。

 

しかしそんな母の言葉をどう思ったのか,中学生になった四葉「五人一緒なんて無理」「私たちはもう一緒ではいられない」と考える。四葉に続くように芽生えた自我。容貌も,性格も,能力も少しずつ変わってきた五人姉妹を眺めて四葉はそう思う。

  

 

それは母の言葉に対する反発か。それとも諦めか。

そんな四葉のモノローグが物悲しかった88話でした。まる。

 

余談

 

さて。ここからはここまで拾わなかった「こぼれ話」。 

 

 

まず6年前の京都の冒険の後始末について。全財産をなくし,途方に暮れるしかない状況の中で四葉風太郎を回収したのはマルオでした。なるほど。

前回コメント欄でそのやり取りをしたのですが,やはり零奈に相談されたマルオが京都まで来ていたんだね。これで風太郎と分かれた時の「バイバイ」の時にマルオがいた理由がわかりました。

 

次。

他界してしまった母の五人の娘たちの前に颯爽と登場したのが現在の養父・マルオでした。んん?

 

これって結局,零奈とマルオが結婚する前の話なのかな。いずれ紹介するつもりがあったくらいだから, お付き合いはしていたんでしょうけれど,零奈と五人姉妹と一緒に暮らしている描写もなく他界した時に「初めて話した」のだから,おそらく結婚はしていない。

 

つまりあれか。「お父さん」という言い方はしているけれど,正式には再婚前の出来事であって,生前の約束か何かで五つ子を「養子縁組した」ということなのかな。まあ,遺言状とか残っていれば,祖父も承知せざるを得なかったのでしょうし(そもそも結婚前提だったのなら,祖父とマルオも面識がありある程度そのつもりで話が進んでいたでしょうし)。

 

ただまあ,こうなるとマルオに対する認識もまた少し改まりますね。風太郎の認識では仕事人間で娘に関心のない父にみえるマルオですが,実際にはごく僅かな期間しかともに過ごせなかったかつての愛する人の娘を守り育てる役割をかって出た人物ということになる。

 

そうなると例の「上杉君。君のような男に娘たちはやれないよ」の意味も変わってきますね。零奈に託された娘たちの健全な発達と保護。その役割を担うには,いまの風太郎は無力すぎる

 

結局マルオは結婚式に至るまで風太郎を認めないわけですが,そこにはどこか, 自分の役割をとられてしまった気持ちがあったからなのかもしれませんね。文字通り嫁に出る娘を送り出す父の気分だったんだろうなあ,と思ったり。

 

母・零奈を失って悲しみに暮れる五人姉妹。そんな中,「母の喪失」という事実を受け入れられず現実逃避する五月の姿がそこにありました。

 

いるんだよ

お母さんは私たちの中に...

 

亡くなった母は還らずとも,自分たちの記憶の中に母の思い出と教えは残っている。そこまでは普通だったのに,そこから一歩五月は先に進んだのでした。どちらかというとヤバイ方向に。

 

これからは私がお母さんに...

お母さんになります

 

うわわああ。

五月のマザコンぶりは6年前の京都修学旅行前後にも描かれていましたけれど,これは普通にヤバイ心理状況である。この時の彼女の決意にあるものは,きっと忘却への怖れ。いなくなった母が,いつしか記憶も薄れ,悲しみすら風化してしまうことへの拒絶。

 

だから大好きだった母を忘れないように。皆が忘れないように,自分が「母」となる決意をしたんだね。そりゃ痛々しいわ。小学校6年生の末っ子が母になれるはずもなく。母のような口調で,母のような思考でそれをトレースされても,他の姉妹たちにとっては悲しい思い出のリフレインである。

 

その痛々しさに反発する気持ちもあっただろうし,同情する気持ちもあっただろうけれど,ひょっとかするとそうした五月の行為が5人の行動を少しずつバラバラにし,一人ひとりが見た目も,性格も,才能も異なっていくきっかけになったのかも知れないなあ...と思ったり。

 

 

最後。

宿に戻り風太郎との冒険を姉妹たちに報告した四葉。ここで「惨劇」が起こります。

 



 

は,一花半天狗ーーーー!

 

や,やりおった...!

いや彼女がトランプをしたのは先に描かれていましたが,ここでこんな風につながるとね...。 なるほど。やっぱり「私が仲良くなった男の子と次の日に一花が仲良くなっていた」というのは風太郎のことだったんだ...。時系列はともかく,間尺が合いましたね。

 

 

 

 

いやしっかし業が深いわ。

それだからこそ先の四葉の反応も理解できますね。

 

「勝ってるんだよ 私はもう皆と同じ場所にいない」

「そっくりなんかじゃない」 

 

というこの病んだ表情のセリフ。

同じ目標を共有した「特別な関係」であるところの風太郎と四葉。一花が仲良くしていたことは,それ自体驚きだったと思います。同じ姿であるゆえに,「四葉と誤解して」一花と遊んでいた風太郎。そんな喪失感を否定するために,四葉風太郎との同じ目標を抱えていることに「存在意義」を見出し,そのために必死に努力して「違い」を生じさせようとしていたんだね。

 

「勝っているんだよ」という言葉には,一花に風太郎をとられたくない。あの特別な日の運命は自分が風太郎と分かち合ったものだという強烈な自負が見て取れます。

 

 

だからだよね。

「同じ目標」を達成できなかった自分は一歩後ろに下がることに決めたとしても,一花が「他の姉妹に化けて」その恋路を左右しようとしたことに怒りを感じたのは。

四葉が他の姉妹に化けようとしない理由。それはひとりひとり違うことに対するこだわりと,かけがえのない自分を作り上げてきたその努力を「化ける」ことで本人から「奪う」ことに対する強烈な忌避感があるからなんだろうね。

 

いやはや。冗談抜きで,一花さんまじ半天狗さんじゃん。

「お前はどうして盗むんだ!」だよ,一花さん。まじ業が深いわ...。怖いわ...。

 

 

しかしそうなると逆に例の家族旅行時の「キスの相手」というのは四葉の可能性ってどうなるんだろうなあ...というのも気になるところである。

 

どうやらその娘っ子と結婚したことが示唆されていますが,あの時キスした娘の姿は「五月」でした。もし四葉が他の姉妹に化けることを忌避しているのなら,その姿で風太郎にキスしようとするのだろうか。そこが気になります。

 

 

まあどちらでもあり得るのかなと。

 普通に考えると「他の姉妹の姿で風太郎を騙すことを是としないので,四葉ではない」という可能性が高い。彼女の信念とも合致するし。

 

一方で四葉風太郎に対する想いは残っている。勤労感謝デートでペアルックしようとしたり。クラス委員長となった時に付き合っているのではと誤解された時にも「本当に付き合ってみるか」と瀬踏みしてみたり。自分から積極的に動くことは否定するけれど,風太郎が求めてくるのは構わない。そんな基準が見て取れます。

 

もちろん風太郎にその気がないことを知って悲しい表情をすることになったわけですが,それでも想いはそこにある。「京都で出会った同じ目標を誓いあった女の子」であることは告げられないからこそ,逆に姿形を隠した五月状態でその想いをぶつけようとしたのかもしれない。そういう可能性は僅かながらある。衝動的な思いというものは生じるものですし。おすし。

 

四葉の言動が風太郎の運命を変えたことは確かですし,そのことに風太郎が「京都で出会った女の子=四葉」に憧れと感謝を抱いたことは事実です。そして二人で誓いあった「目標の実現」もまだ風太郎にとっては有効な約束である。それだけの因縁を持つ二人というのは,それだけでドラマであり,最後に結ばれてもおかしくない出来事である。まして,この後風太郎が彷徨える四葉を「救いだす」ことを鑑みれば。

 

 

その片鱗は既に期末試験で見えてきていますし。国語が得意な四葉が他の姉妹に教えることで役立つことができた「喜び」。はじめて報われた気がします,という言葉は失われた目標を再び取り返し,他者に必要とされる自分,「必要である自分」に久しぶりのアイデンティティを感じ取ることができたからでしょう。

 

そんな経緯を考えると,最後には風太郎は四葉の「役割」を再び与えることができるのかなと思ったり。かつての感謝の気持ちを返す形で。ただ,それが風太郎にとってとなるかどうかはわかりません。

 

6年前に同じ目標をもち成長することを誓った二人の約束。そんな約束の女の子でもある「京都で出会った女の子」という立場は強烈ですけれど,ラブコメはそれがそのとおり結実するとは限らない。

 

四葉はどのように最後救われるのか。その時の風太郎の役割はなんなのか。そんなことが気になる88話でした。再度まる。

 
 

 

 

   

 

 

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*画像は週刊少年マガジン2019年第27号『五等分の花嫁』 88話  同86話,72話,56話,50話,43話より引用しました。

画像引用は中止しました。