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「かぐや様は告らせたい」の感想を書いている漫画感想ブログ

『五等分の花嫁』 第90話 私とある男子② 感想 : ずっとあなたが好きだった

さてと。五等分の花嫁 90話 の感想(ごと嫁 感想)です。

 

中野四葉その壮絶な青春ーーーー

 

自分らしさを求めるために「特別であろうとして」

自分らしさを求めるために「誰よりも1番になろうとなり」

自分らしさを求めた結果,「何者にもなれなかった自分だけが残り」

 

そんな四葉の自分らしさを求める旅は,迷走の果てに「独りぼっち」となる。そんな四葉を救ってくれたのは,いつも共にある姉妹たちだった。一つ身を5つに分けし分身,そんな姉妹たちに救われて,四葉はこれまでの自分を振り返り「母の言葉」の意味を噛み締めたのであった。

 

 

もう誰が「一番だ」なんて考えるのは辞める。自分のためではなく,みんなのため,自分を救ってくれた姉妹のために生きようと心に誓った四葉。そんな四葉が再び上杉風太郎と出会う物語。

 

さあハンカチの用意は良いですか。今回は涙なしには読んでられませんぜ!

エモさの連鎖反応。あふれでる感情共感。その全てがここにある「五等分の花嫁」90話,とく御覧じろ。

 

   

 

 


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中野四葉は告げられない

さて前回のラスト,風太郎に拾った答案を届けにいった四葉。読者も既に知っている,四葉風太郎の再びのファースト・コンタクト,四葉視点です。

 

前回の予想では,

 

「1.四葉風太郎だと分かる」

「2.風太郎は覚えていないと認識する」

 

と読んでいたのですが,まあ当たらずとも遠からず。違っていたのは疑心暗鬼とかそんなの一切なくて,すぐに「風太郎」と認識したという点ですね。

 

前回感想
ayumie.hatenablog.com

 

 

  

 

さすがは中野四葉の生きる糧として「同じ目標を分かち合った思い出の男の子」である。とはいえひと目見てわかるとは,風太郎に対する想いの深さが分かりますね。比較することもないと思いますが,きっかけがあって思い出した一花や二乃はすぐに思い出せなかったわけですし。

 

そんな風太郎に再開できたことを「嬉しく」思う。と同時に,彼我の差を一瞬で思い知らされることになる。勉強に対する姿勢。テストの結果。すべてが「頑張り続けた努力とその結果」を指し示している。

 

 

5年前,共に同じ目標を抱いて歩んだこの5年間。

方や努力どおりの結果を出し,方や迷走の果てに姉妹に転校までさせる始末です。一瞬でわかる風太郎の努力と結果の前に,結果を出せなかった四葉「恥ずかしくて」何も言えなくて,夏...になってしまったのであった。ぐぎぎぎ。

  

 

だから「風太郎くん」とは呼びかけられない。

 

5年前に約束を分かち合ったあの女の子でると告げられない。そんな四葉の葛藤がじわじわとくる。四葉が悩んで苦しんでその果に「今,ここにいる」と知っているだけに。名乗りたい,でも名乗れない。そんな四葉の揺れる気持ちがよく分かる。

 

 

そして目を合わせた瞬間

 

 

髪を黒く染め,「真面目か!」というくらいの勉強オタクと化していたけれども,そこにあるのは5年前に出会ったあの時の男の子と同じ。四葉が頑張ろうとして,結果が出せなくて...そんな約束を共にした男の子と同じ。

 

瞬間,自分のことを覚えているのかとときめくも,一瞬でそれが否定される。顔は笑っているけれど,心で寂しさを抱えこんでいる四葉が切ないですね。

  

 

あの時,自分のテストを見せながらおどけてみたのはそうでもしなければ心の寂しさを紛らわせなかったのかも知れないなあ...。名前を見せながら「覚えている?」「気づいて」という気持ちはあっただろうに。切ないなぁ...。

 

  

中野四葉は頑張りたい 

そんな四葉の切なさは,繰り返し出てくる「例の公園のブランコ」の描写で強調されます。

 

ニコニコしながら再び風太郎と出会えたこと,自分の家庭教師になってくれたこと。苦手だけれど,風太郎戸ならもう一度頑張れるかもしれない。言葉に出された気持ちは嘘ではないのだろうけれど,やはりどこかに「嘘」もある。

 

 

だって,四葉がこの公園に来てブランコに乗る時は「落ち込んでいる時」だもんね。例の「勤労感謝デー」においてデートの締めくくりに来たあの小さな公園。四葉は落ち込んだ時は,この公園のブランコに乗るのである。

 

再会して,再び共に過ごせる喜びと。

再開したのに,何も成し遂げられなかった自分と。

そして覚えてもらえていなかった自分。

思い出してもらえなかった自分。

 


 

そんなことを噛み締めながら,ブランコで立ち漕ぎしている四葉が切ないんだ...。

 

 

でもそこで気持ちを切り替えて。

 

 

他の姉妹たちが風太郎を避ける中で,一人一生懸命頑張ってみる。頑張って結果が出せたなら。あの日できなかった約束を果たすことができたなら。そう思っていたのに...ああ...でも...

 

上杉風太郎の素敵なところに他の姉妹も気がついていく。上杉風太郎のどんどん惹かれていく。「よかったよかった」と言いながらブランコを立ち漕ぎする四葉の心は偽りだらけだ。嘘,嘘,嘘。言葉に出して,自分の気持ちを「否定」して。

  

 

本当に良かったと思っているなら,「落ち込んだりしない」

ずっとずっと大切にしてきた自分の想いを追い越すように,覆いかぶさるように,他の姉妹たちも同じ感情を抱いていく。「大切な思い出の男の子」と共にあるはずだった「約束の女の子」である自分がいたはずなのに...いつのまにか並ばれ,追い抜かれていく。

 

そんな複雑な心は「自分は結果が出せなかったから」「自分は姉妹のために生きるんだから」と自分に言い聞かせて封印する。「これで良かった」と言葉に出して自分を納得させながら,そんな心の矛盾を慰めるようにブランコを漕ぐ。

 

なんだよもう...四葉のやっていること全てが切なすぎて見てらんないんだよなぁ...。

  

中野四葉は抗いたい

こんな「想い」を抱えながら,他の姉妹の気持ちを優先してきた中野四葉。そんな四葉に一つの転機がやってくる。

 

例の入院騒ぎの時。風太郎が,五月に「5年前の京都の思い出」のごく一部を語った時,四葉はそれを聞いていたのであった。

  

 

なるほど。

どうして四葉風太郎が京都の子の事を覚えていると知ったのか不思議だったのですが,直接聞いていたのね...。五月経由じゃなくて。

 

 

いやね。この病院のシーン,この左上のコマだけ五月じゃなくて四葉ぽいなぁとはおもっていたんですけれど,これ本当に四葉だったのね...。

 


 

 

聞いていたんだ。知っていたんだ。

だからあの表情だけとっても嬉しそうな,「京都の女の子」でもない限りありえない反応をした一コマが入っていたんだ...。そう思うと感慨深いですね。

 

 

そしてこのシーン。

  

よく見ると,35話の段階で一花は四葉を見ているんだよね。

うわっ,すげぇ...って鳥肌立ちましたよ。「五等分の花嫁」は伏線のオンパレードじゃん。これ,花嫁もどこかできちんと読み取れるようになっているんでしょうね...また別のお話になるけれど。

 

  

話を四葉に戻して。

それでも四葉は名乗り出ない。名乗り出ないからこそ,一花も控える。

 

ここは良いですね。一花にとって一緒にトランプをした思い出は事実だけれど,単にトランプをしただけの一花と,風太郎の人生を変えた約束をした四葉では「重み」が異なります。まあ,ここで一花が控えるのはやむ無しかな,と思ったり。

 

 

そんな風に気持ちを押し殺し続ける四葉

そんな「四葉の真相」を知ったのは,五月でした。

 

二乃と喧嘩をして飛び出した五月に荷物を届けたのは四葉。これは五月の言葉からも裏付けは取れていたのですが,最初の「誰かいたような」という風太郎の気付きは,物陰から五月と風太郎の会話を聞いていた四葉の音だったというわけだ。

 

 

これもまあなかなか意味深ではある。

 

なぜ五月の居場所がわかったのか。普通に考えると五月はスマホは持っていったようですから,スマホで連絡を取り合ったのでしょうけれど。

でももしかすると,家出した五月を心配して途中まで尾けたのかもしれないね。結果,風太郎の家に転がり込んだので,ちょっと「心配」になった四葉が様子を見ていたと...。そんなふうにも読み取れます。

 

 

そして例の最初の「零奈」との再会シーン。 

話している内容を見ると「京都の女の子の思い出を忘れさせよう」とする内容であり。一方で次に再開した時は「京都の女の子の思い出を思い出させよう」とする内容であり。

前者が四葉なら分かるのだがな...という予測を立てていた人もいたかと思いますが,そうすると前後の描写とつながらないわけです。やっていることが逆になりますから。

 


 そんなことが読者を混乱させてかかっていたのですが,一部で予想されていたようにやはり四葉が五月に演技を頼んだ」というわけですね。なるほど。

 

 

その「零奈としての五月」が楽しそうに風太郎と公園デートする姿を複雑な眼差しで見つめる四葉。そりゃそうだよ...。本来あそこに座っているのは自分だったんだもの。約束をしたのは他でもない自分。でもあそこに座ることができない自分。

  

 

自分は約束を守れなかったから。「風太郎の思い出の子」という特別な女の子であってはいけないから。自分は...姉妹のために生きると決めたから。上杉風太郎が誰を好きになっても全力で応援しなければならないから。そんな風に思い込んでいる四葉が痛々しくてたまらない。

 

中野四葉は抗えない

こうして自分の気持ちを封じ込め続けて。過去の自分を顧みながら,自分ではなく他の姉妹のために生きると決めた中野四葉の生き様が悲しすぎて。切なすぎて。

 

だって四葉は本当はそうしたいわけじゃないじゃん。

自分だって上杉風太郎のことが大好きでたまらないのに。かれこれ6年前からの約束を,果たそうとして果たせなくて...そんな過去のしがらみががんじがらめに四葉を縛って動けなくしているだけ。

 

「本当にこのままでいいのか」

 

という五月の言葉は読者の言葉そのものである。

これでいいはずがない。母の言葉にあった「五人がいつも共にあること」は自分を殺して姉妹のために生きろなんて意味じゃない。それは四葉が自分に勝手に課した枷,自分の過去に対する罰としての枷にすぎない。

  

 

誰だって自分の幸せを願う権利はある

 

という五月の言葉は,きっと母の言葉である。母がいても同じように四葉にそう諭したと思う。だが四葉にとって五月は母ではないし,他の姉妹同様に「自分を殺してでも大切にしたい人」だから....

 

だから四葉はその言葉を封じ込める。

 

一人,落ち込んだ時に来るあの公園で。風太郎と素敵な一日の終わりを締めくくった公園で,一人ブランコを立ち漕ぎしながら,抗いたくても抗えない本当の気持ちを一人呟くのであった。

  

 

上杉さん...という呼び掛けが風太郎君」に変わる時。

 

 

 

6年前,ともに目標を立てて誓いあったその男の子のことを思い出しながら,四葉は誰にも告げられないその言葉を紡ぐのであった。

 

 

まる。

 

 

上杉風太郎とある女子

 

いやはやもうね...

今回のお話の感情の洗われ方といったらたまらないなあ...という感じですよ。

 

個人的に「恋する気持ち」というのはきちんと伝わってほしいというスタンスを持っているので,こうやって自分の想いをブレーキかけていく女の子の葛藤はもろに突き刺さってくるんだよなあ...。こんなの切なすぎるでしょ。

 


 

かつて特別であろうとした四葉だったからこそ自らに課してしまった呪縛。でもそんなのって,きっと他の姉妹が知ったら「そんな事する必要はない」っていうでしょうし,そんな四葉に対して「それは違うよ」ときちんと言ってくれるでしょう。

 

今回,五月がその一端を担いましたけれど,四葉も五月に対しては割と抑え込めるというか,その言を封じ込められるというか。それは五月が「妹」だからでしょうか。なまじかつて自分がやってしまったことに対する反省というものがあるからこそ強い意志を示せる部分が大きいのでしょうけれど。

  

 

でも実際に四葉が「風太郎を変えた女の子」であることは事実ですし。恋の行方云々はともかく,風太郎の感謝と憧れの気持ちはきちんと四葉に伝わらなければ「ならない」。そんな想いを五月は持っているのでしょうし,他の姉妹もそれを知ればきっと同じように思うのでしょう。

 

しかしまあ,ここまで頑なに思いを封じ込めている以上,四葉が自ら風太郎に対して6年前の真実や好きという気持ちを伝えることは難しいかも知れない。そうなると,やはり他の姉妹たちの協力や,風太郎自身の「気付き」が必須ということになるんでしょうね。

 

 

その風太郎ですが,本当に四葉が「京都の女の子」であると気づいていないのでしょうか。いま風太郎の認識では「零奈=五月」ということは分かっているはずです。これはこれまでの五月の行動と照らし合わせれば,風太郎なら到達できる推論ですから。

 

でもじゃあ,実際に「零奈=京都の女の子」という確信を抱いているかと言うと,そこは多分なんともいえないところのような気がするんだよな。事実と異なる以上,違和感は絶対にあるはずなのである。初回と2回めの遭遇における零奈の態度の違い。修学旅行後に会った零奈との会話。

 

「どこかが違う」「何かが違う」と気づけるかどうかは,風太郎が6年前に出会った「感謝と憧れ」を抱いた女の子をどこまで想っているかにかかっているんだと思うんだよなあ...

  

「愛があれば見分けられる」

 

零奈(母)も祖父も言っていたあの言葉。

 

 

 

片方の当事者である四葉風太郎が好き」でした。一方の風太郎は恋心を否定し,「感謝と憧れ」と表現しています。それは恋ではないのかも知れない。あるいは気がついていないだけで,恋なのかも知れない。

 

ただいくつか描写で風太郎は四葉=京都の女の子と考えているのではないかと思われる節がある。零奈とボートで四葉について語った時のセリフ。勤労感謝デーのブランコで四葉の横顔を眺めていたときの表情。

 

そしてなによりも,物語の最初に,他のヒロインたちが風太郎を避けまくっていた中においてもただ一人風太郎に協力的であった四葉。あの時四葉きちんと思いを告げているんだよね。

 

「好きだから」

 

と。

 

 

冗談という風にぼかしたけれど,果たして風太郎はどう想ったであろうか。嘘ばっかりで,自分をごまかしてばかりで。でもそんな嘘が嘘であり続けることができない女の子。そんな四葉の本心からの気持ちは「伝わった」んじゃないかな。仮に冗談だと流されたとしても。

 

そもそも5人の中に一人「京都で出会った女の子」がいる。その子は最初から無条件に自分を受け入れてくれても不思議ではない。その程度の推論,風太郎じゃなくても誰にでも思いつく単純な話である。

 

であるならば,最初から自分を受け入れてくれていたーーー冗談と流されたけれど自分を「好き」といってくれたーーー四葉がそうなんじゃないかという推論はできそうなもんである。

 そう考えてみると,風太郎は気がついているんだと思うのだよなあ。いや,気がついていてほしい。単なる願望にすぎませんけれど,こんな四葉を見せられたらそう思ってしまいますね。

 

 

自分をがんじがらめに縛り上げて,自分の気持を押し込めようとする四葉を見ていると早く救ってあげてほしいと切に思う。袋小路から脱したつもりで袋小路に迷い込んでいる「自分の大切な想い出の女の子」。

 

その「中野四葉」を救い出せるのは,上杉風太郎しかいないのだろうなと改めて思うのでした。再度まる

 

 

 


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再び,ここから始まる物語

さて。恋の結末に関するちょっとした思考実験。

 

ここまで四葉が背負い込んでいるものが大きすぎると,さて恋の結末はどうなるのかという点においてもいろいろ妄想が捗るのである。

 

過去の約束。封じられた思い。救い出せるのは王子様のみ。

 

そんな物語構造からしてみれば,中野四葉の恋愛的なポジションは「圧倒的一強」といっても良い。素直に読めばこれは「報われることで解消されるカタルシス」である。四葉が背負い込んでいるものが重すぎて,読者共感が強すぎるのである。

 

しかし我々は知っている。

ブコメの文法とは必ずしもそのように働くとは限らないことを。10年前から約束していようと,想いがほぼ通じ合っていようとも,「結ばれない時は結ばれない」のである。お前...いま,小野寺さんを笑ったか?(矢車の兄貴)

 

「想いの長短は恋の結末とは関係ない。」


それで決まるのであればラブコメの結末は最初から分かりきっているのである。歴代のラブコメは私たちにそうした知見を与えてくれる。故に「6年前に果たした二人の約束」は何かを保証するものではないとは言える。

 

 

今回描かれた四葉の物語は確かに重い。その因果関係は報われてこそ解消されるものである。しかし「報われる」とは必ずしも恋愛的な意味とは限らないし,四葉に対して風太郎が「目標」と「協力」を与えることができるのなら,6年前の出来事に対する「感謝の気持ち」を告げることができるなら,十分それで報われる可能性もある。

 

なので花嫁が四葉であるかどうかという点に対しては「因果は圧倒的に強いが保証するものではない」としか言いようがない。ただまあ,例の鐘キッスについては,四葉の心情的には「ある」のかなと思わなくもない。

 

四葉が変装を嫌がるのは,かつて一花によって風太郎を奪われたことがトラウマになっているのかと思っていたのですが,今回はっきりしたのはむしろ「変装しても直ぐにバレてしまうから」であることが分かりました。

 



 そうなると,例の鐘キッスの時,強制的に五月の姿にさせられたことも「積極的ではないが仕方なく」の範疇でやっていたことになります。その五月の姿でキスすることをどう思うかは別問題ですが,二乃のようには捉えていない風でもある。

 

このときのキスに至る前のシーン。

明らかに通常の姉妹の行動とは異なるものである。釣り鐘を一緒に鳴らすことを意図してそばに来たもののすっ転び。拍子で重なり合った瞬間思わずキスをする。その一連の動作に必要なものは風太郎が好き」という気持ちである。そこはクリアしている。

 

 

また動機もある。

なまじ真実が告げられないからこそ。思いを明らかにすることができないからこそ。五月の姿である自分,四葉ではない自分であるならば,「自分の思いを告げるでもなく,かつ自分の気持ちを表すことができる」。だから五月の姿であったにもかかわらずキスができた。四葉なら,一応そういう間尺を合わせることもできるのである。

 

もっともそれは「四葉側から見た話」である。

肝心なのは風太郎の気持ちであるし,風太郎が結婚した花嫁を意識したのは「鐘キッス」のときからである以上,「6年前に出会った時」からではない。もしキッスしたのが他の姉妹であるならば,6年前の思い出と高校生になってきてからの思いは切り分けて考えることができる。

 

そしてなにより,まだ五月風太郎を「好きになっていない」。

「五等分の花嫁」という物語の始まりのヒロインでもあり,明らかに主人公格である五月はまだ一人風太郎を恋愛的には見ていない。真相はわからないけれども,表面上はそうです。

 

もちろん後から振り返れば「あの時から好きだった」という風にはできるので,鐘キッスの段階で衝動的に五月がキスした可能性もある。あまり論理的な説明ができないけれども,可能性だけ言えば確かにある。(ちょっとにわかに信じがたいけれど)

 

なにより今の四葉に協力し,励まし,諭す立場がかつての三玖が一花にしていたそれと被るのである。文脈的には五月もまた風太郎を認め,好きになっていくのでしょうし。そんなことを考えると,ここから五月の物語が描かれていくことも明白なわけで。

 

いまは切なく,やるせない思いに浸りきっている姉・四葉に想いがいっていても,いつか自らの気持ちに目覚めるときも来るのかなと思ったり。その時,五月はどう葛藤するのでしょうか。かつて姉・四葉がそうしたように秘めようとするのか。あるいはその想いを風太郎にぶつけようとするのか。気になるところである。

 

というわけで,大変長々となりましたが今回の感想,三度まる。

 

 

 

 

   

 

 

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*画像は週刊少年マガジン2019年第29号『五等分の花嫁』 90話,同 89話 ,68話,66話, 37話,36話,35話,34話,1話より引用しました。

画像引用は中止しました。