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『かぐや様は告らせたい』 第108話 白金御行は膨らませたい 感想

さてと。それでは『週刊ヤングジャンプ2018年第36・37合併特大号』かぐや様は告らせたい」 第108話 白金御行は膨らませたい の 感想(かぐ活)です。

 

白銀御行のいいところの一つはその「優しさ」にある。1年ちょっとあまりの生徒会活動を通じて少しずつ四宮かぐやが感じ取ってきた会長の魅力。凍てついた四宮かぐやの心を溶かし,その人物に惹かれるようになった一因が会長の裏のない純粋な「優しさ」でした。

そんな白銀会長のもう一つの魅力。それは「害悪級のポンコツ」であるということです。


 


失礼。噛みました。
正確には害悪級のポンコツにもかかわらず,それを努力で乗り越えていける人だと言うことです。四宮さんの言い方で言えば,「努力の努力」ができる人だということでしょうか。


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話は少し前後しますが,今回のエピソードはクラス行事の準備から始まります。クラスの催しのためにバルーンアートを作るという段取りです。


 


いつものように卒なくバルーンアートを完成させる藤原千花と,いつものように当然のごとく風船を割りまくる白銀会長。お,今回は藤原母の特訓回か...と読者に思わせる導入がにくいですね。以前のお話でバルーンアート編をやるということは予告されていたわけですし。


クラスという公衆の面前で風船を割りまくる白銀会長と,凍りつく藤原ママの対比がなんともシュール。


 

白銀御行による一世一代の告白を控えた文化祭シリーズ,まだまだ続きます。

今回は会長や藤原書記も属する2年B組の出し物の準備回...という状況設定からの,白銀御行の魅力とはなんなのか,それを四宮さんや周囲の人間はどう感じ取っているのかという掘り下げが見られた,なんとも素晴らしいお話でしたね。


端的に言って神回であった。これは断言できる。

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以前,藤原書記の好きな男性タイプは会長みたいなダメンズであるということは示唆されていたわけですけれど,これまでのエピソードといい今回のお話といい,藤原書記の会長に対する感情はやっぱり「母の愛」なんですよねえ。言うならば慈愛

慈愛?なにそれ?強欲の間違いじゃないですか?というツッコミが入りそうですけれど,彼女がダメな白銀会長と向き合うときの姿勢は基本的に慈愛なんだと思います。



なんどもなんども風船を割り,見かねた柏木さんが助言をしようかと考える。それを差し止める藤原千花の感情は,これまで苦労を重ねてきた教育ママの苦悩そのものである。


 


藤原書記は知っている。白銀会長は「やればできる子」である。やればできるからこそ,藤原母は幾多の困難を乗り越えて指導してきたのである。ただ問題は,やれるようになるまでに天文学的時間と根気が必要であるという点である。柏木さんを止める藤原書記の叫びは,そうした経験に裏付けられた魂の叫びでもある。

ここで「会長は害悪級のポンコツ」という言葉を飲み込んだのは,約束はきちんと守るという藤原さんの意外に律儀なところもあるけれども,もう一つは「駄目なわが子とはいえ,親として子の悪口を他人に言わない」という母の気持ちがあったのではないでしょうか(そうか?)


もう二度と手を貸さない,と突き放した母のように振る舞う藤原千花はまさに白銀母そのものである。しゅんと庇護欲を誘う顔をされて動揺しても突き放し続けるその意固地な姿も,「怒る時はきちんと怒り,その姿勢は貫く」という親の姿そのものである。



一方で,柏木さんが深く考えずに安易な道を指し示せば,それには激しく反発する。


 


当然のことながら柏木さんにとって白銀は単なるクラスメートであり,それは対等な同級生の関係である。合理的に考えれば,それぞれの能力に応じて作業分担すればいい。それだけのことである。

しかし藤原千花にとって,白銀御行はただのクラスメートではない。生徒会活動を通じて1年数カ月共に過ごした人間として,その過程で「出来ないやつの気持ちをわかってやれ」を実践してきたのである。そこにあるのは単なるクラスメートとしての藤原千花ではなく,常に努力で乗り越えさせてきた藤原母の愛である(書いてていて笑いそう)。

言っていることがそのまんま子に対するのそれである。


その後の「ツンからデレ」みたいなやり取りも,一見ツンデレ系女子みたいな表現でこれはこれは新鮮というか,萌えポイントではあるんですけれど。でも本質はそこじゃないのである。手を出さないと極めた母親が躓いている子どもに思わず手を差し伸べてあげる。そんな行動である。


 

クラスメイトとしての只のアドバイス,といいつつもその裏にあるのはいつもの特訓に付き合ってあげた藤原母の愛である。そんな行動に対して自立心を見せる我が子(会長)の姿に思わずうずうずしちゃうところなんか,まんま親の姿そのものである。


前半通じて描かれているのは,「白銀御行は努力の人」であるということを藤原千花ははっきりと理解しているということであり,そのことはこれまで「母」として努力に付き合ってきた経験からわかっているということなんであろう。

先般,「会長は案外タイプだった」という衝撃の気付きがあった藤原千花ではありますが,その本質はやはり親愛の情であり,親の愛であり,慈愛である。そんなことがしっかりと描かれていましたね。


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反面,四宮かぐやの白銀御行に対する感情は「恋」である。

相手を蹴落とすことを是とするような家に生まれ,周囲からは規律と厳格さを求められ,親から愛情を受けたこともない。人を見たら悪意を持って接してくるようなものだと思い,人を見たら屈服させて支配することが当然というような生き方をしてきた四宮かぐや。

そんな四宮さんの人生を変えてくれた人が白銀御行(と生徒会の面々)であった。

人はそんなことばかりするわけじゃない。純粋に相手を想い,無償の優しさを与えてくれる人もいる。それを教えてくれたのが白銀御行その人であります。かぐや様はそんな白銀会長の優しさに惹かれて恋をしたのであった。


同じく四宮かぐやに惹かれて恋をした白銀御行ですが,想い人は高値の花。国の心臓とまで言われた四宮家の令嬢,何事も天賦の才能でこなしてしまう真の天才である。そんな本物の才女と釣り合うためにひたすら自分を研ぎ澄まし,精一杯の背伸びをしているのが白銀会長である。

そこにあるのは不断の努力,努力であります。


 


会長が凹んでいたように,白銀御行自身には何事も卒なくこなすような天賦の才はない。他の人が当たり前にできるようなことができない。バレーボールも,ソーラン節も,歌も,ラップも...努力して磨き上げてできるようになってきたわけであります。

バルーンアートなどという,ちょっと器用な幼稚園児ですらできるようなことができない。そんなみっともない自分をこれまで四宮さんの前では隠してきたわけです。好きな相手の前では格好良く有りたい。四宮かぐやと対等でありつづけるために,四宮さんの前ではきちんと「できる」男であり続けるために。


しかし今回はちょっと趣が異なります。

四宮かぐやと二人きりの生徒会室で,出来ない自分をさらけ出しながら努力の姿を見せ続ける。これはこれまでの会長にはなかったことです。これまでの会長だったら,努力している姿を四宮さんに見せたりしない。それが,これまでひた隠しにしてきた姿を敢えて晒し続けるのはなぜか。


 


それはきっと四宮かぐやに告白すると決めたときから,「あるがままの本当の自分」を出そうと考えていたからなんだろうね。例の早坂さんとのカラオケ→ラップあたりの流れから,本当の自分の気持ちを伝える時は,虚飾の自分じゃ駄目だと思い至ったんだろうね。

半ば拷問にも等しい惨めな姿を晒しながら,自分のみっともなさに恥ずかしくなりながら。いつもそうやってボロを出さないように必死になって,自分のだめな部分を認めずにあがきつづけて乗り越えてきたことを包み隠さずかたりながら。

そこに「自然な自分を見せよう」などという思惑は多分白銀御行には無い。素の自分である。それこそ「あるがままの自分」である。


そんな惨めでみっともない姿を四宮かぐやは実に嬉しそうに受け止めるわけです。いつもの恋愛心理戦ではなく,純粋に好きな人のことを理解できた乙女の表情で。

 

白銀会長の「秀才」な部分,不断の努力で鍛え上げられてきた当意即妙さは,いつも努力に努力を重ねて出来上がってきたものだった。何事も諦めず,克服するために常人にあらまじき努力をし続けた結果,努力によって得られる経験値の相乗効果をもたらす。まさに「努力の努力」である。


そんな「できない奴」ができるように必死になって頑張って形作られた白銀御行という男のことを,四宮かぐやは素敵だと思う。


 


おそらくこれまで出会ったことのない,四宮かぐやに唯一対等以上に接せられることができるその才能。どれは自分のように当たり前のようにできるのではなく,努力の努力によって鍛え抜かれた「努力の才能」によって築き上げられたものだった。


今まで知らなかった白銀御行のあるがままの姿。それを知って本当に嬉しそうな表情を浮かべるのは,自分の大好きな人のことをまた一つ知ることが出来たからなんだろうね。
そして自分の前でいつも振る舞うその姿から,そうした努力が「四宮かぐやにふさわしい男で有り続けたい」という気持ちから行われているからだと感じ取ったからだろうね。

思いもよらず素の自分を見せてしまった白銀御行,そしてそれを素直に嬉しそうに肯定してくれる四宮かぐや。そんな四宮さんの「あるがままの肯定」を白銀御行は嬉しく思う。


 


今回のお話は会長が告白するに至る前に,白銀御行のもう一つの魅力の源泉でもあった「努力の努力」という側面を四宮かぐやが理解して肯定する。そんな大切なプロセスだったんですね。

ずっと最初から最後まで浮かない顔をしていた白銀の表情が,最後に和らいだのは,一番認めてほしかった人が認めてくれたことに対する嬉しさ。あるがままの自分を好きな人が肯定してくれた嬉しさ。


 


そんな気持ちが込められていたように思いました。まる。

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今回はお話の深さも格別だったわけですが,小ネタも散りばめられていて非常に秀逸なお話でしたね。まさに神回と言うやつである。以下,余談となります。



バルーンアートに苦労しつづける白銀に対して男子軍団が煽っていくスタイル。たしかこの子達,以前は白銀会長に対抗意識丸出しだったという設定の男子でしたよね。

 


もはや純院ではないからという理由でバカにしたり対抗意識はないのでしょうが,ちょっとした隙にこうやってマウントとってくるのは,やはり人の上にたつことに慣れている秀知院の生徒らしいといえばらしいのでしょうか。なんのかんので白銀会長の苦労が覗えるシーンである。



次。
会長に不用意に気休めを言う柏木さんに対して異議申し立てする藤原母。その教育方針に対して思わずつぶやいた一言に対し,さり気なく一発入れていく藤原さんもまたぶっこんできた感ありますね。


 


あ,やっぱりそれ公式で認めちゃうのか...。まあ子育ては誰にでもできることじゃないけれど,子作りは誰にでも出来ますからね。生物である限り(おい)。

しかし教室でこのやり取りが行われるところにシュールコメディを感じます。



次。
個人的にツンデレ嫌いなんですけれど,こういう藤原さんの態度はちょっとお可愛いですね。そんな藤原母の態度に思わず四条さんの名を挙げて,久々に御顔をみせてくれた四条さんがお可愛い

 


そしてそれに対する会長のシュールな反応も含め,ほっこりしましたね...。次の台詞が重いだけに。



次。
生徒会室でバルーンアートの練習をしている際,一定間隔で割れる音がパァン!パァン!と響き渡る。そんな拷問みたいな時間を「二人切りの甘い時間」として耐え抜く四宮さんがお可愛いのである。

 


他方,自分のみっともない姿を好きな人に晒し続けている白銀もそうなんですが,そんな拷問時間も好きな人といられるなら...で済ませるあたり,ひょっとかしてこの二人はM気質もあるのかもしれませんね。普段はS気質ばかり目立つ二人だけに,奇妙な性癖が開発されていないか心配である。(←考え過ぎ)

先の柏木さんの一件といい,「かぐや様は告らせたい」同人版との連携も考えたお話展開だろうか。




最後,オチ。
これまでも何度も自分ひとりで乗り越えてきた,というのは間違いない事実なんでしょうが,藤原母の助力によってその習得スピードが格段に向上しているというのも事実なんでしょうね。

会長が練習に使っていた古い風船,それでは割れるのは当然という気遣いを見せる藤原さんに見える母の愛。なんのかんのいっても母は子を見捨てられないものなのである。


そしてそんな母の愛を打ち砕くように,新品の風船を割る会長の姿と絶望顔の藤原母の姿がシュールでたまりませんね。最後の最後で気を抜いた藤原書記の詰めの甘さに,若さを感じます。お前の子どもは害悪級のポンコツなんです! 

 


なんかいい話風にまとめるのかと思いきや,きっちり藤原母で始まって最後藤原母で終わらせる赤坂先生の手腕に脱帽である。


...なんのかんので「努力の努力」という話の件なんかは,漫画家さんにも当てはまる部分なのかなと感じなくもなく。天賦の才で漫画を描いてあたっちゃう人なんてきっと皆無である。皆,不断の努力の上で作品は成り立っている。

そんな漫画家人生を白銀御行のあり方を通じて描いてうる部分もちょっとあったのかなと思わなくもなかったり。というわけで,再度まる。

 

 

 

   

 

 

 

 


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画像は週刊ヤングジャンプ2018年第36・37合併特大号「かぐや様は告らせたい」第108話より引用しました。
画像引用は中止しました。