現実逃避

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「かぐや様は告らせたい」の感想を書いている漫画感想ブログ

『かぐや様は告らせたい』 第125話 二つの告白 中編 感想

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さてと。かぐや様 125話 の感想(かぐ活)です。

 

 

みなさん,TVアニメ『かぐや様は告らせたいはご覧になったかな?

 

僕も録画ながら第1話・2話ともに見せてもらいました。ぶっちゃけ漫画感想を書く趣味は家族に内緒なんですけれどね,「かぐや様」に関して言えば家族全員で観させていただきましたよ。老若男女問わず楽しめるラブコメ・「かぐや様は告らせたい」。期待にそぐわぬ出来でありました。素晴らしい。

 

そんな『かぐや様は告らせたい』も本誌連載はいよいよ佳境。

 

四宮かぐやは何故「告らせたいのか」。

全国一千万のラブコメファンにぜひ読んでほしい,『かぐや様は告らせたい』の真骨頂ここにあり。是非,本誌を読んだ方から感想をお読みくださるようお願いします。

  

というわけで是非,OPをご覧になってからどうぞ。

  

 

 


 


 

恋愛は好きになった方が負けなのである!

 

恋愛は「勝ち負け」。

先に好きになった側が,好きになられた側に対して弱い立場になるのではないか。 そんな視点を物語の切り口にしてきた「かぐや様は告らせたい」という作品の妙は改めて言うまでもありません。

 

 

ここまで繰り広げられてきた白銀御行と四宮かぐやの恋愛頭脳戦は,いかにして相手に告白させるのかという観点から繰り広げられてまいりました。

 

なるほど,確かに告白した側とされた側であれば,なんとなく告白したほうが「立場が弱く」感じますし,「あなたが告白してきたから」この恋は受け入れたという構図も成り立ちましょう。

 

しかしどうでしょうか。

恋が成就するためにはどちらかが「告白」しなければならない。告白をしなければ永遠にその恋は実らない。そんな恋愛の第一法則―――「告白」という行為をもって自分の気持ちを相手に伝える―――そこにあるのは恋する者同士の強弱関係だけなのでしょうか。

 

否である。

それは「結果」である。告白という行為を通じて二人が結ばれたり,結ばれなかったりする。そんな告白の結果において,どちらが先に告白したのかという「事実」が二人の間の強弱関係を決めているに過ぎないのである。それはあくまで恋愛成就の「後」に生じる人間関係であり「結果」なのだから。

 

「先に好きになった方が負け」ということは,単に得られた結果に基づく人間関係だけを指すのではない。告白という行為を経なければ「その恋は実らない」ということ,だからこそ好きになった方が否が応なく”告白せざるを得ない”という点において「負け」なのである。

 

四宮かぐやは告りたい。

飛び級で進学を決めてしまった恋する相手と結ばれたくて。幸せになりたくて。白銀会長のことが好きで好きでたまらなくて,残されたわずかな時間を恋人としてともに過ごしたくて。

 

でも言えない。 

 

 

言えないのは,先に告白したほうが負けだからではない。相手に支配されるのが嫌だから言えないのではない。言えないのは「怖い」からである。

 

 

 


 


 

四宮かぐやは告れない

目の前に大好きな人がいて,文化祭のキャンプファイヤーを一緒に見ている。自らが想定したシチュエーションがそこにありながら,幸せや喜びではなく「怖さ」 を感じるのはなぜか。

 

 

四宮かぐやと白銀御行のこれまでを振り返れば,二人の想いが明確にそこに在って疑いようがない状況であることは明白である。ならば,そこになぜ怖れを感じる必要があるのかと読者なら思う。でもそういうことではないのである。

 

恋する人間が知るのは自分の気持ちだけである。いかに相手のしぐさや,言動から相手の気持ちが窺えようとも,言葉にして確かめるまでは不確かなものである。それが恋である。

 

そんな「愛の確認行為」としての「告白」。

恋する人間すべてが通らなければならない「告白」という確認の儀式は,自分の気持ちだけは確実で,相手の気持ちは不確実という絶対的不利の中で行わなければならないのである。だから怖いのだ。

 

四宮かぐやは考える。

白銀御行がどんなに優しい存在であることかを。それがどれほど自分を救ってくれたことかと。そんな白銀御行という男に対し,自分はどうか

 

 

他人を見る眼差しがどれだけ冷たいものであるか。自分という人間がどれほど醜い存在であることか。恋する気持ちと同様に,自分のことだからこそ否でも思い知らされる己が矮小さ。相手と比したときに感じる不安

 

どれほどのプロセスを経ようとも,どんなに積み重ねがあろうとも「告白」という儀式を経て気持ちを確認しない限り,自分に対する気持ちが特別かどうかは分からない。単に自分の思い違いかもしれない。そんな不安。怖れ。

 

そこに等身大の高校二年生の女の子の姿がある。

天才とかそんなのは関係ない,人間万事みな平等に訪れる恋する者の不安。自分が相手に受け入れられなかったらどうしようという怖れ,これまでの関係すら壊れてしまうのではないかという怖れがそこにあるのである。

 

 

 

だから四宮かぐやは「告らせたい」。

会長の気持ちはどんなに分かっているつもりであっても分からない。自分の気持ちは分かっている。でも白銀御行の気持ちは白銀御行にしかわからない。

 

だから,会長が告白さえしてくれれば自分は100%受け入れるのに。自分の気持ちはこんなにも会長を愛しているのだから...会長と結ばれたいと願っているのだから。

 

不確実な「告白」という綱渡りを乗り越える恐怖を乗り越えられないからこその真実。ここまで何度も何度も繰り返し行われた「会長から告白さえすれば丸く収まる」というそれは,まさしくここに起因していたのであった。

 

 

恋するすべての人が乗り越えなければならない「怖さ」。それを乗り越えられない弱くて,ちっぽけなただの一人の女の子だからこそ,かぐや様は告らせたいのであった。

 

白銀御行は告りたい

思っていることは自分勝手なそれである。どこまでもちっぽけで矮小な人間である。四宮かぐやという女は。

 

でもそれは仕方がないことである。

かぐやが抱く不安はまさしく全ての乙女が持つ不安であり,怖さなのだから。国の心臓とまで言われし四宮家の令嬢,全ての才に秀でる天才中の天才・四宮かぐやもまた,恋の前にはそんな「ただの女の子だった」ということなのだから。

 

 

そんなことは白銀御行も知っているのである。

それは自分もそうだから。

 

相手に対して精一杯の偽りを演じ,背伸びして背伸びして相手にふさわしい男たらんとして虚勢を張り続けた日々。何も持たない自分が,全てを持つ相手と並び立つために行ってきた努力の努力。自分の小ささを一番理解しているのは他ならぬ白銀御行である。

 

そんな必死の努力も,これまで築き上げてきた四宮かぐやとの関係も,一たび思いが伝わらなければ全てが崩壊してしまうのである。白銀御行だって怖いのだ。だから白銀御行は告らせたい。

 

文化祭を無事やり遂げて,キャンプファイヤーを四宮かぐやとともに眺める。そんな状況を「誰しもあこがれるシチュエーション」といい,「四宮が横にいると思えば猶更」という。そこには確かにかぐやに対する想いがある。それをアピールするのは四宮さんをその気にさせて告白してほしいからである。

 

 

そして怪盗を追い詰めた褒章とかこつけて「何かして貰いたいこととか欲しい物はあるか」と促す。これも四宮さんが即座に思ったように,かぐやに自分が傍にいてほしいと思ってほしいから,そのままできれば四宮さんから告白してほしいのである。

 

白銀御行がそう行動するのは,会長とて「怖い」からである。意気地なし,というかぐやの声ならぬ声は理不尽ではあるけれども,白銀とてその怖さを乗り越える勇気を簡単には持てないからである。

 

それは相手も同じ。

怖さで声も出せず,そこに在る確かな想いを抱えたまま涙する四宮さんが困っている理由ははっきりと分かるのである。言葉にならない気持ち。好きだからこそ,好きだからゆえに伝えることができないその気持ち。

 

 

かつて白銀御行は決意した。

 

この文化祭が終わるまで四宮から告白されなかったら,自分から告白すると。そしていま,告白を前に怖さのあまり声も出ない四宮さんを見て理解したわけです。四宮さんもまた自分と同じ気持ちであるし,かぐや様が告白できない以上,自分から告白するしかないと。

 

 

どのみち最初からそうするつもりであったことは,「見せたい風景がある」という最初の言葉からわかります。白銀御行はたぶん分かっていた。四宮かぐやは多分告白できないし,二人が結ばれたかったら自分が告白するしかないと。

 

自分も怖い。それを言葉にすることは難しい。「告白」という想いを言葉にすることがどうしてもできなかったから,だから白銀御行は選んだわけです。秀智院に伝わる奉心伝説のとおり,愛する者へハートの形をしたものを贈ることを。

 

 

空に浮かぶ,「龍の首の珠」を模した宝珠の中から出てくる数多のハートの風船。最後の最後に,白銀御行は成し遂げたのであった。男らしく,自ら愛する者への最高の告白を。

 

余談

というわけで,125話にわたり繰り広げられてきた恋愛頭脳戦は白銀御行の告白によって一つの区切りを得たのでした。

 

 

無論,これから四宮さんの回答という「告白」が控えているわけで。

白銀会長がどんな気持ちでこの場を過ごしてきたのか,また告白を受けて四宮かぐやがどんな思いを告げるのか。クライマックスはこれからです。感極まって,僕はもう半泣きですが。

 

 

さて,この物語が「竹取物語」の背景を取り入れているのは皆さん百も承知でしょう。これまでもかぐや姫を模した四宮かぐやが石上会計に子安つばめを手に入れとと「難題」をふっかけたりしてますし。

 

そして会長は大伴御行を模していることはその名からも明らかなわけですが,改めて振り返ってみると御行がかぐや姫と結ばれるための課題,すなわち「龍の首の珠」がどう絡むのかなと。

なるほど,白銀御行は「龍の首の珠」を模した余興を作成しましたけれど,それは四宮かぐやに言われてやったことではありません。これってかぐや姫の「難題」を模しているのかな?と。

 

今回の白銀の「告白」はそれに対する明瞭な回答になっていたと思います。御行は「龍の首の珠」を模した模型に藤原書記が作ったハートの風船を(怪盗として盗んで)飛ばすことで告白したわけですけれど,なぜ白銀御行はそうしたのかと言えばそれは「四宮かぐやが怖さで告白できなかったから」自ら告白せざるを得なかったためですよね。

 

現代のかぐや姫である四宮かぐやが現代の大伴御行である白銀御行に与えた課題,それは恋する者すべてが背負う難題である「告白」という行為そのものである。

それを「龍の首の珠」を模したバルーンからハートの風船を解き放つという形で実現させるということ,そんな繋がり方に,構成の妙に感嘆せざるを得ないですね。 

 

...

......

 

今回のお話,かぐやの感情の流れをモノローグ形式でさざ波のように繰り返し繰り返しとなって描かれていました。かぐやが葛藤するたびに,告白したくても怖くてできないその姿を見せるたびに,僕もまたかぐやと同じように感情が揺さぶられたものです。

 

「エモい」という表現がありますけれど,まさしく今回のお話を読んだその感情の共感の連続こそまさにそれだったのかもしれません。なんど涙がこぼれそうになったでしょう。それくらい「分かる」恋の辛さ。恋の苦しさ。そんな「分かる」が波状となって読者である自分に打ち寄せる。

 

今回のお話,何回も何回も繰り返し読みましたけれど,このコマに至るとその感情がピークとなって自分も涙がこぼれそうになる。本当に臆病で,ある意味自分勝手で,怖さを乗り越えられないんだけれども分かるその「気持ち」。

 

そんなかぐやの気持ちに応えるように,白銀御行が「男らしく」告白した瞬間に打ち震えるような感動を覚えたのでした。まる。

 

あとがたり

改めまして,『現実逃避』のayumieです。

 

私はラブコメが好きです。

いい年した大人が漫画を読むことが珍しくもなくなった昨今とは言え,とりわけラブコメには惹かれます。なぜでしょう。

 

生き物の多くは種の保存の為に生殖をおこないます。人もまた同様です。しかし生き物には本能だけではなく感情もある。人には知性もある。ただ種として存続するためだけではなく,「つがい」となるための一つのプロセス―――がある。「恋」である。

 

人が人を好きになる。

とても感情的で情動的な何か。一つ一つの恋に理由があり,物語があり,プロセスがある。僕はそうした「恋」の物語に魅了されるのです。そこには人間があり,ドラマがある。その物語の背景が,過程が,とても美しく感じるのです。そこで描かれた人物に,ストーリーに感情を掻き立てられるのです。

 

今回,四宮かぐやもそして白銀御行も告白を前にして「怖さ」を感じました。恋をした人間ならばこれは激しく共感できることだと思います。

 

恋が実るためには告白をしなければならない。しかし恋に破れればすべてを失う。相手が自分を好きであるという確信を抱くような出来事を積み重ねていきながら,それでもなお躊躇われる。「恋」というものには何も確実なものなどなく,ただあるのは自分の気持ちのみ。そこに恐れを感じるのです。

 

そんな恋する乙女の気持ちがわかるからこそ,また同じように怖れを抱いている男子の気持ちがわかるからこそ,その「怖れ」に共感できる。その「怖れ」を乗り越えたものだけが恋が実るからこそ,そのカタルシスを登場人物と共有できる。

 

昔,自分が体験した恋の怖れとそれを乗り越えた瞬間の感情。喜びも悲しみも経験がありますけれど,そんな感情を理解できるからこそ,ラブコメで描かれる「恋」の物語に激しく共感できるわけです。

 

かぐや様は告らせたい』は,ほぼ出来上がっているカップルがいかに相手に告白をさせるか,という新しい観点のラブコメです。いわゆる「ハーレムもの」とは一線を画したラブコメとして,それだけでも十二分に評価されるべき作品だと思います。

 

と同時に,なぜ四宮かぐやは白銀御行に「告らせたい」のかということについて,恋の原点に立ち返って明確に回答を示してくれたこと。「恋」するとはどういうことなのか。そんな全ての人間に共通する悩み,葛藤としっかり結び付けてくれたこと。そこが本当に素晴らしいと思います。

 

四宮かぐやと白銀御行のこれまでの物語のプロセスを振り返りながら,二人の気持ちや行動を振り返りながら,今回のお話を読めたことを本当に嬉しく思います。

 

赤坂先生,ありがとうございました。

ブコメを読んできて本当に良かったです。

 

   

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画像は『かぐや様は告らせたい』 125話 ,101話より引用しました。

画像引用は中止しました。