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『かぐや様は告らせたい』 「四宮かぐや(氷)」について

さてと。今週の「かぐや様は告らせたい」は休載です。

 

前回のお話でウルトラロマンティックな告白→現実逃避→から〜の「かぐや(氷)」の登場と相成りました。

 

せっかく想いが通じ合ったと思いきやからの氷のかぐやさんの登場に読者も度肝を抜かれたと思いますが,本日はそんな「かぐや(氷)」さんについて考えてみたいと思います。

 

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四宮かぐや(氷)について

 

 


 


 

かぐや(氷)さんとは何者なのか

読者視点から見た「かぐや(氷)」さんとは,誰にも心を開かず,人を見れば使えるか使えないかという見方しかできず,生きる事とは苦痛でしかないようなことを認識しているような「すべてを諦めきっているかぐやさん」といった印象がおありかと思います。

 

ある意味その印象は正しくて,実際に「かぐや(氷)」さんはそういう生き方をしてきた四宮かぐやのことなのでしょう。それはこれまでの描写でも描かれていますし。

 

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しかしですよ。

じゃあそもそも「かぐや(氷)」さんて何なのかと考えたときその存在ははっきりしない。四宮かぐやは多重人格でその人格の一つなのか。あるいは単に何人ものキャラを演じているだけにすぎないのか。あるいは人にはいろんな表情・側面があるように,状況に応じて描かれ方が違うだけなのか。

 

 

 

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四宮最高法廷

 

さて「かぐや(氷)」さんて一体何なのかな,という話ですよ。

 

かぐや(氷)さん=「多重人格の一つ」説

一つの解釈として,「かぐや(氷)」も「かぐや(アホ)」もいくつかある人格の一つで,その中の一つが表に出ているとう説が考えられます。

 

僕は多重人格について全く無知なのでこれを科学的に正しい意味で語ることができないのですが,こうした言説のが背景が出てきたのは前回このコマがあったからだと思われます。

 

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まずい?...なにがまずい,言ってみろ

 

かぐや脳内法廷の中でかぐや(氷)が怒りの木槌をかぐや(アホ)に投げつけ,アホが気絶する。その瞬間,四宮かぐやは目を覚まし,「かぐや(氷)」として会長と相対する。

 

会長とIQ3な会話をしていたかぐや(アホ)が「気絶」すなわち意識を失うことでかぐや(氷)が表象してきたのだとすれば,それは「人格」のように思われる。多分にそういうことなんだと思われます。

 

ただし,ネットでちょちょっと漁ったレベルでありますが,多重人格の場合ある人格が表に出ているときは他の人格は文字通り眠っている(その間何が起きているか認識できない)らしい。

 

であれば,かぐや(アホ)の行動をかぐや(氷)やかぐや(基本モード)が認識しているのは「おかしい」ということになりますので,ひとまず人格説ですべて説明するのは難しそうだなと思ったり。

 

かぐや(氷)さんが他のキャラを「演技」している説

次に頂いたコメントから,これは演技しているだけではないかという説。

 

 131話コメントより

二重人格云々というよりは、早坂と同じでかぐやも好かれる自分を演じていたのかなとか思ったり。

 

「演技」ですから,これは四宮かぐやが意図的にそういうキャラを演じているというおとになりますかね。 この場合,演じられているキャラがかぐや(基本モード)であったり,かぐや(アホ)ということになりますが。

 

つまりベースとしての四宮かぐやはあくまで「かぐや(氷)」であって変化していない。そんなかぐや(氷)が会長に恋をすることによって「好かれたい」という気持ちを生じさせ,現在読者が良く知るかぐや(基本モード)を演じている。

 

そして「ハッピー6割・現実逃避4割かつ睡眠不足」という条件下においてはレアかぐや(かぐやちゃん)を演じたり(=それしか演じられなくなる?)する。そういうことになるのでしょうか。

 

個人的には,いわゆるかぐや(基本モード)は「作っている」というのはその通りだと思います。ベースはあくまで「かぐや(氷)」であって,会長に好かれたいという気持ちから感情の出し方,言動をマイルドにしたキャラを作っているのがかぐや(基本モード)なんだろうなと。

 

一方,「演技」ということになるとかぐや(アホ)やレアかぐやも演じているということになります。そのあたりは現実で起きている事象を直視することが耐え切れず,逃避行動として「そう演じざるを得ない」という状況になっているということになりますでしょうか。

 

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無意識の演技ということになるのか?(第129話より)

 

しかしまあ書いていてなんですが,かぐや(基本モード)についてはともかく,かぐや(アホ)らの説明はかなり苦しいかなと思います。四宮かぐやも人間ですから現実逃避はするでしょうが,演じるということになればベースとなる「かぐや(氷)」が意図的にかぐや(アホ)を演じることになる。

 

 

それは前回のお話と矛盾してしまいますよね。かぐや(氷)もかぐや(基本モード)もかぐや(アホ)のことを脳内会議で糾弾していたわけですから。糾弾するくらいならそもそも演じなければいいということになる。そもそも脳内でキャラを演じあう必要があるのかと言われればうーん...ですし。

 

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演技ならそもそも糾弾する必要がない

 

というわけで演技というのは一部は当たっているけれども,全てを説明するには適切ではないという感じになりましょうか。

 

 

四宮かぐやの色々な側面が状況に応じて違って描かれている(説)

まあ演技説の変形といってもいいのですけれど。

 

四宮かぐやという人物のベースは「かぐや(氷)」であり,それが感情や状況によってさまざまな形で変化し表れている。それを漫画的に表現しているのが「四宮かぐや」であるという説です。以下,説明しましょう。

 

人間だれしもいろんな顔を持っています。相対する人間によっての言動・態度の違い。感情起伏や状況に応じての言動・態度の違い。

 

これは四宮かぐやに限らず人間ならだれにもあることです。私たちだって家族の一員としての自分,社会に参加している自分,ネットに参加している自分によって言動も態度も違うでしょう。そこに思想・感情が加わればさらに「自分の出し方」というのは様々な変化をしていく。そんなもんじゃないでしょうか。

 

かぐや様は告らせたい」の登場人物一つとっても真面目でカッコいい時もあればぼっけなすーな時もある。それらは人格変化でもキャラの演技でもなく,素にあるままに感情や状況に応じていろんな側面がいろんな形で表現されていますよね。

 

四宮かぐやの様々な様態,氷にせよアホにせよレアかぐやにせよ,読者が良く知るいつものかぐやにせよ,それは全て同じ人物の同じ人格であって,あくまでその時その時の状況・感情によってその人の現れ方が変化しているだけ。そこに「漫画的表現」がくわかるので強調されて描かれている。

 

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第68話 かぐや様は怯えない(コミックス8巻 78話)より

 

事実,四宮かぐやのノローグひとつとってみても,同一人物内で白かったり黒かったりする。黒が「かぐや(氷)」が強く出ている気持ち・感情・思いであり,それが同時表れているのであれば,多重人格とか演技とかではなく,それは四宮かぐやという人物の感情の側面がどう表れているのかというだけのことということになる。

 

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繰り返しになりますが,基本は「四宮かぐや(氷)」なんだと思います。そこに会長に対する恋とか,生徒会面々とのかかわりから生じた親近感・距離感などからある意味意識して出しているのが読者が良く知る「四宮かぐや(基本モード)」。

 

睡眠不足やら現実逃避やら感情の高ぶりとか感情・状況の変化によって表現されるのが「四宮かぐや(アホ)」だったり「かぐやちゃん」だったりする。それだけのことなんじゃないかなーと思ったり。

 

 

じゃあ例の「脳内会議」は何なのかというと,それは単に四宮かぐやの「思考の過程」を漫画的に表現しているだけなんじゃないかと。

 

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会長が好きという気持ち。キスしたくなる気持ち。自分からではなく相手からキスしてほしいという気持ち。これらは全部四宮かぐやの感情であり気持ちである。そんな一つ一つの事象を自分の中で振り返りながらあーでもない,こーでもないと脳内で思索する,そのプロセスを漫画的に表現している。

 

いわゆる「刃皇会議」だってそういうことですよね。別い多重人格というわけでもなければ判事を演じているわけでもない。アレコレ脳内を駆け巡る刹那の想い,感情のながれを漫画的に表現しているだけですから。

 

かぐやはなぜ「まずい」と思ったのか

じゃあそう考えると例の「まずい」は何だったのかな,ということですよ。

 

「まずい」と思ったのは脳内のかぐや(基本モード)ですよね。→かぐや(幼)でした。かぐや(基本モード)は会長が好きで好きでたまらなくて,現在の距離感を保つためにある意味意識的に演じている四宮かぐやのキャラです。会長に好意を持たれようと努力しつつ,自分からは告白をせず,かつそんな思いが顔や言動に表れているかぐや。

 

訂正します。

「まずい」といったのは「かぐや(幼)=裁判長」ですね。彼女の位置づけは何なんだろな。幼少の頃は四之宮の洗礼を受けず,純粋な気持ちを持っていたと見えます。それが四宮かぐやの中にまだ残っているわけですね。

このかぐやは「会長が好き」とか難しいことはわからないけれど,四宮の洗礼を受けていない分,純粋な判断ができる存在ということなのかな。なので裁判長なのかもしれませんね。

 

つい昨日,会長にウルトラロマンティックな「想いの伝達」をされ,思わず嬉しくってしょうがなくて「べろちゅー」してしまった経緯がある。その現実から逃避するために「かぐやちゃん」になったり,脳内法廷で対策を練ったりということを意識混濁の中でやっていたわけです。

 

しかしそうなると「四宮かぐや」としては今後の二人の関係について,山積みになっている種々の課題について対応しなければならない。それは「四宮かぐやは会長が好きだし,会長も自分を好きでいてくれている」という新たに生じた状況に基づいてやらなければならない。

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ますいの意味

にもかかわらずここで本来のベースである「かぐや(氷)」をそのままに出してしまったら,せっかく縮まった...想いが通じ合った会長との距離感がまた離れてしまうのではないか。思いもよらず冷たい言葉を大好きな会長にかけてしまうのではないか。そんな自分を会長は嫌いになってしまうのではないか。

 

だから「まずい」と考えたのかもしれない。

 

あるいは逆かもしれない。

このまま意識回復した際に,会長と対応するための仮面であった「かぐや(アホ)」の感情・意識は「かぐや(氷)」の感情・意識が高まって上書きしてしまい演じられなくなった。そんな感情状態ではこれまで演じてきた「かぐや(基本モード)」で会長と相対することもできない。

 

このままでは「まずい」ので状況打破を「かぐや(氷)」さんお願いします,という意味の「まずい」かもしれないな。

 

そんな風に考えれば,「人格の入れ替わり」という概念を用いなくても説明はつくのかな,と思ったり。まる。

 

 

おまけ

 

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*画像は『かぐや様は告らせたい』 131話 , 129話,68話 より引用しました。