現実逃避 - hatena

「かぐや様は告らせたい」の感想を書いている漫画感想ブログ

『かぐや様は告らせたい』 第60話 かぐや様は脱がせたい 感想

さてと。『週刊ヤングジャンプ2017年第32号』かぐや様は告らせたい」第60話 かぐや様は脱がせたい の感想(かぐ活)です。


2017年7月の週刊ヤングジャンプ月例新人漫画賞,略して「シンマン賞」の審査員は我らが赤坂アカ先生とか。というわけで,赤坂先生の漫画作りについてインタビューが載っていたので紹介したい。

 




赤坂アカ先生の「かぐや様は告らせたい」はラブコメのジャンルに収められる作品ですけれど,いわゆる誰と誰が結びつくのかといった楽しみ方を主眼に置いている作品ではない(たぶん)。むしろほぼテンパっているラブな状態を,いかにコメらせるかという作品であります。

両想いであることは繰り返し描写されている。ではどこに作品の力点を置くのかといえば,「いかにして相手に告らせるか」という部分。その部分をコメディとして描くことで,主人公二人の「お可愛らしさ」を堪能可能とする,まさに新感覚ラブコメなわけです。


いわゆる「天才設定」の二人が恋愛に関してはアホの子のような駆け引きをすることで,その掛け合いが面白いわけです。それを漫画として表現するとどうなるかといえば,キャラクターの「リアクション」描写,具体的には「テンパッたときのギャップから生じるお可愛らしさ」だという。

なるほどー。
「かぐや様」の登場人物の掛け合いはそれだけで面白いのですが,そこにお可愛らしさが生じるのは表と裏のギャップがあるからなのか。言われてみれば確かにそうですね。


赤坂先生は言います。

"ギャップって大事で,僕は可愛いコマを描く前には若干可愛くないコマを入れます。(中略)
"かぐや"は普段はあまり可愛く描かず,その間は"書記ちゃん"に可愛さを担保してもらっています。でもだからこそ"かぐや"の瞬間最大風速が強くなると思うんです。一回完成したキャラを壊すから,そこに崩壊のエネルギーが生まれる。"






なるへそ。
確かに普段のかぐや様は「お可愛い」と褒めちぎるような表情ではなく,若干クールだったり,怖い表情だったり,デフォルメされた表情となっています。それが次の瞬間崩壊したようにお可愛い表情になる。だからこそ読者は「かぐや様,おかわわわわ....!!(発狂)」となれるわけですね。まさにギャップの妙。

それとさらっと藤原書記について"書記ちゃん"と呼んでいらっしゃいますけれど,赤坂先生は藤原書記を「本作のヒロイン」としているんですよね。本来,ヒロイン側主人公である四宮さんが担うべき役割の一部を藤原書記に委譲することで,かぐや様の表情を多角化し,ギャップを生み出す土壌を作る。

僕は漫画表現のことはテンで素人ですけれど,このあたりのテクニックはラブコメに限らず汎用性が高そうな手法ですよねえ。奥が深い


続けて赤坂先生は言います。

"僕はテンパっている子が可愛いと思っています。極限状態になった時に,人は嘘をつけない。テンパったときに可愛い子は,嘘なくかわいい子だと思うんです。だからいかに女の子を精神的にピンチに追いやるかを考えます。"


ヒロインが極限状態までテンパるシチュエーションを考えて,それに対するリアクションを描く。そこに「お可愛らしさ」を見出すというね。なるほど,こうして僕らが「お可愛い」と思っていたシーンについて,このように言語化されると思わず納得します。





引用したコマのかぐや様のリアクションとか,限界までテンパってそのあとデフォルメ顔で崩壊するわけですけれど,この表情自体は精微にお可愛らしく描かれたものではないのに,そのリアクション自体が「お可愛い」ですよね。


こうした「カワテク」(お可愛いらしく表現するテクニック)はこうした技法によって裏付けられていたのか。いやあ,勉強になりました(僕は漫画描かないけれど)。


 


?


 



さて,そんな「かぐや様」第60話の御題といえば。


下着(パンツ)!



でした。なるほど...ここでそういうネタをぶっこんで来ましたか。そしてページめくったら2秒で合体...じゃなくて男子高校生のおパンツ姿が。







せっかくなので,藤原書記と四宮さんのリアクションの違いを確認しておくと,藤原書記は女子高生らしく赤面して叫んでいるのに対し,四宮さんはまるで無感情のような目をして固まっています。藤原さんがかわいい時にはかぐや様は可愛く描かないの法則発動ですね。

 




で,そこからのリアクションで変化をつけると。





藤原書記があらぬ妄想をかぐや様に吹き込むと,性知識は文字情報だけでガードの低い四宮さんは「オっ...!」と叫んで赤面する。能面から赤面への変化をリアクションで表現することで,かぐや様の「うぶな可愛らしさ」を表現する。まあそんなテクなのかな,これは。




以後,いろんな箇所で「ギャップ」と「リアクション」が繰り返されているんですけれど,そのリアクションを導く為のシチュエーションとして取り入れられているのがディスコミュニケーションなんですよね。

石上会計と藤原書記との間の頭が痛くなるようなおバカなパンツトークに端を発し,かぐや様は「会長のパンツを確かめる」という所業に出ます。







「ボクサーパンツを穿く=ヤリチン」という石上会計の個人的な意見を客観的な基準として採用したあたり,お前は本当に天才なのかという疑問符がかぐや様には投げかけたくなります。しかしこれこそが,この後のリアクションを引き出す為の「シチュエーション」なわけですね。

その結果,「何が何でも会長のパンツを見なければならない」というかぐや様の次なる行動のベースとなるシチュエーションを引き出す。客観的に見れば「アホ」です。間違った前提に基づき,さらに間違った目的を設定する。





そのことの「変態さ加減」をかぐや様に気付かせて真顔に返らせるというリアクションを産みつつ,そこからさらに「いやらしい意味でパンツを見たいのではないのだから素直に聞けばいい」という判断を生み出す。







意識せず,自然に...という無我の境地。かぐや様を主観的に見れば,とても冷静で真剣です。読者から見て「そのロジックはおかしいだろ」という心のツッコミが入る上に,この後にかぐや様が起こすカタストロフィに対する期待感が高まる。その結果,この表情である。






「白銀会長のパンツは何か」というこっ恥ずかしい質問を四宮かぐやにやらせる。思わず素で答える会長と質問を改めて認識した時の会長の表情のギャップ。リアクション。読者が思わず笑いこける心理を事前に準備させておいてのこの表現,これぞ「かぐや様」の面白さの真骨頂であろう。


...
......


その後の流れも面白いですよね。





あまり可愛く描かれていない自然体のかぐや様の表情の中にボケと突っ込みが入ってくることといい,白銀会長が自分のパンツのことではなく,かぐや様が自分のために穿いてくれるパンツと誤解するくだりはもはや芸術的ですらある(褒めすぎ)。



この二人の認識ギャップの差。一見,成立している会話の中で取り扱っているパンツの穿き手が異なるというシチュエーション。意志の不疎通。


その背景には「四宮かぐやは自分に惚れている→かぐや様にどんなパンツを穿いてほしいと思っているのか問われている」というご都合主義な思考があるわけですけれど。そしてそのまま突き進む白銀会長と引き起こされるカタストロフィ

白銀会長の認識「(かぐや様に穿いてほしいのは)フレアパンティ」
かぐや様の認識「(会長が穿いているのは)ボクサーパンツ」







という認識ギャップがかぐや様の「白銀会長はボクサーパンツ=ヤリチン→私のことだけを想っていてくれたわけじゃないのね!(誤解)」というリアクションにつながるこの表情を生み出すわけです。

ここもうまいですよね。かぐや様がテンパって絶望に満ちた時の顔と,失望して悲しむ顔。実は可愛く書いてあるのは後者です。「会長のヤリチン!!」とか叫んでいるかぐや様の表情が一番可愛いとか,頭おかしい(無限大の褒め言葉)。






もうこの段階で僕はもう笑い転げているわけですけれど,その後今度は会長がテンパる。会長に対するわだかたまりが解けたばかりで強い信頼関係があるとは言いがたい,伊井野さんの目の前で絶叫する。






ダン!と机を叩く会長さながらに,机をダンダン叩いて笑い転げたいのはこっちです。脱兎のごとく逃げ出した四宮かぐやと,絶望に満ちた伊井野さん。






これは次回の話へのシチュエーション作りかな...ということで,ブコメなのに鉄壁のパンツガードなかぐや様は告らせたいのパンツ話,たっぷり楽しませていただきました。まる。



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さて。さてさて。

石上会計の魂の叫びを受けて,『現実逃避』では緊急調査を行います。ずばり,「男子のパンツといえば何か?」です。




Tweetしたとたんフォロワーが減った気がしなくもないですが,もう始めてしまったからにはどうしようもない。

ブログ10周年を迎えた調査がこれかよ,という気がしなくもないですが,石上会計と白銀会長の救われない魂を救うためにも,ぜひ清き一票をお願いしたいです。再度まる






画像はヤングジャンプ2017年第32号「かぐや様は告らせたい」第60話より引用しました。
 
画像引用は中止しました。