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「かぐや様は告らせたい」の感想を書いている漫画感想ブログ

『かぐや様は告らせたい』 第84話 かぐや様は阻止したい 感想

さてと。それでは『週刊ヤングジャンプ2018年第08号』かぐや様は告らせたい」第84話 かぐや様は阻止したい の感想(かぐ活)です。




あ,はい。

なんかもうね。
前回あれだけ「愛」を連呼しまくった身としてはちょっと立つ瀬がないね。いや,確かに姉妹愛の話だったから間違ってはいないんだけれど,味付けがね。シリアスかと思いきや,思いっきりコメディタッチで決められちゃったじゃないの。


 



まあ会長とカラオケボックスという段階で音痴オチは考えなくもなかったんですけれど,シリアスな引きだっただけにまさかの展開である。直球ど真ん中が来ると思っていたら,超スローカーブがやってきて見逃し三振みたいな気分ですよ。してやられた...ということか。



うっわ,これは恥ずかしい。この歳になって「早坂愛にとっての愛とは何か」とか「四宮かぐやの愛とはなにか」とか真顔で書いてただけに,これはちょっと恥ずかしいぞ。なんつーかもう,気分はこんな唯我成幸みたいだぞ。








まあ赤坂先生はこんな辺境のブログは読んでいないはずですけれど,もし前回の感想を目に通されていたらまさにこんな感じだったのではなかろうか。こうなるとぼくの立場はまんましたり顔で恥ずかしいこと述べているの石上優そのものである。そう考えちゃうと,いや,もう,こっ恥ずかしい。





考えてみれば,これも赤坂先生お得意の「お話の最初と最後のギャップを楽しむ」という作劇の一つだったのかもしれないね。シリアスで始まりギャグで終わる。主従喧嘩と見せかけて,最後姉妹愛で終わる。いつもの作劇と言えばいつもどおりだったわけか...。あんな「早坂愛本気汁」みたいな終わり方されたので,ついシリアス展開がくるのかと身構えてしまったよ...。

 

 


?


 



ま,まあ気を取り直して。

「今日はいけます」と勝鬨をあげて会長と密室に篭った早坂愛に対し,四宮さんの反応はそこそこ「焦っていた」わけですけれど。

かぐや様的にはどこかで「会長を落とすといっても,別に早坂は本気で会長が好きなわけじゃないし,それは演技の延長線にあるものだから一線を越えてまで何かするはずはない」というある種の前提があったように見受けられるんですよね。






まあそれは当然といえば当然で,いくら早坂さんが怒っていたとしても自分の体を張ってまで会長を落としにかかってまで姉妹喧嘩をするはずもない。

そこにはある程度「姉に対する信頼感」というものがあって,ちょっと妹のオイタに腹をたてたから妹の好きな人をねとるような「演技」をすることで焦らせてやろうという魂胆でしょうと思うほうが当然ですよね。それが固く結ばれた「姉妹」であるならば。

事実,物語のオチの部分ではそのように早坂さんは述べているし,四宮さんもそう反応しているわけで。そういうことなんだと思います。その意味では前回示した命題である「四宮かぐやは早坂愛をどのように愛しているのか」といいうのはきちんと姉妹愛という形で示されている。







だからこそ,「そんなことあるはずはない」という前提のもと,自ら部屋に踏み込むこともしなかったわけです。もし本気で早坂さんが身体使ってでも会長を落とす...みたいな展開があると思っているならば,「身体の関係をもつことで相手に責任を取らせる」といったかぐや様的には「取り返しのできない事態」は断固として避けるべきじゃないですか。

にもかかわらず,四宮さんは部屋に踏み込むことで「二人をストーキングしていた」的な誤解を会長に思われたくないという気持ちを優先した。これいろんな意味が出てくるね。


 



一つには先に述べたように早坂に対するある種の信頼感というか前提に則っていたので,「会長にストーカーと思われる羞恥心」を優先させたという意味。もう一つは仮に会長が早坂に奪われることがあろうとも自分から「白銀会長に対する好意を示すことになりかねない」乱入をすることができなかったプライドの高さの表れという意味。

そんな二つが入り交じった行動が「自らは飛び込まずに藤原さんを使って妨害する」という作戦だったのだろうな,と思ったり。


そういえば以前,早坂さんと四宮さんはこんなこと語っていたわけですけれど。






この時も結局,かぐやは「自分から行く」と断言できずごまかすに留まるわけです。自ら行ったら敗北という呪縛を断ち切れていない。



今回のエピソードはまさにそれを地で行っていたわけで,「仮に誰かに会長を取られそうになっても自分からは折れない」という点に関しては四宮さんは徹底的に貫くのだろうなと。それは「相手に告白させなければ自分の負け」という価値観は最後まで放棄しないということなのだろうし,この物語の結末はやはり「白銀会長から四宮さんに求愛して決着をつける」という展開になるのだろうな,と思ったり。


今回は相手はよく知る「姉」の早坂愛さんでしたから,なおのこと姉に対する信頼感もあって本気で焦らなかったという部分もあるでしょうけれど。実際,そこまで四宮さんが「相手から告白がある」という前提で振る舞えるのは,それだけ四宮さんは白銀御行のことを信じているということなのだろうか。

いや違うな。信じているのは「白銀御行は自分のことが大好きであり,その意味で白銀御行が自分を裏切ることはない」という根幹的な想いなんだろうな。それはきっと事実で,白銀会長は他の誰にアプローチされようとももてたいのはただ一人,四宮かぐやだけなわけですから。


そういう意味では前回指摘した命題である「白銀御行は四宮かぐやを愛しているのか」という点については,揺るぎようがない事実としてこれまで作品の中で描かれていて,それを当の四宮かぐやも無意識のうちに認識しているし,そばでそれを見てきた早坂愛もまた認識しているということなのでしょう。







などと前回のこっ恥ずかしい「愛」に関する考察はコメディタッチとはいえ今回のお話の中できちんと回収されているんですよ...とか言い訳してみたり。まる。


...
......


しかしまあ,今回のエピソードの「味付け」をすっかり読み違えてしまったのは,前回の早坂さんのセリフ「人は演じないと愛してもらえない」「ありのままの自分が愛される事なんて絶対無い」というミスリードの存在が大きかったせいでもある。

こんなリードが入れば,当然それは四宮さんとの関係を指しているのかなとか,家族のことかいなとか色々含みを考えるじゃないですか。こりゃ石上優ばりのシリアス回くるぞと身構えるのも当然至極である。


実際,今回のお話は姉も妹も「分かりきった上でのプロレス」みたいにお話は閉じているわけですけれど,ここで気になるのは早坂さんはどこまで演じていたのかと言う点ですよ。

「調子に乗っているかぐや様に意地悪したかった」的な,姉の妹に対するちょっとした意地悪という体で収めてありますけれど,はてさて早坂愛にとってそれは演じている部分なのか,演じていない部分なのか。







前回の「素の早坂愛」が発したセリフの中身を文字通り受け止めれば,この「姉妹愛」は姉を演じることによって妹役である四宮かぐやから愛情を受けていると認識しているということになる。何がいいたいのかというと,四宮さん的には早坂さんに姉的な感情を抱いている部分は「本物」だけれど,早坂さん的にはそれは演技ということになる。


二人の関係を見るに連れ,それが演技であるというのはちょっと寂しい気もするし,今回の二人の物語の決着の付け方からいっても演技で始まった姉妹愛であっても今は本物になっているという具合で収まってほしいと思うのですけれどね。そのあたりどうなんでしょうか。

むしろ「人は演じないと愛してもらえない」「ありのままの自分が愛される事なんて絶対無い」というセリフは,前回予想したとおり,四宮さんとの関係よりも母娘愛の話の伏線ということなのかなと。





本当の自分をさらけ出した素の早坂さんが語っている以上,そういう愛情観にはきちんと裏付けがある。そういう意味ではこのお話,まだまだ根が深そうである...という予感は未だ留保しておきたいということで。再度まる。





 

   

 

 


画像は週刊ヤングジャンプ2018年第08号「かぐや様は告らせたい」第84話,同12話,64話,83話,「ぼくたちは勉強ができない」問26.より引用しました。
 
 
画像引用は中止しました。